1月23日は、1年の中でも「1、2、3」という数字の並びが特徴的な日です。
この数字の並びから、物事のステップアップや新たな始まりを連想させる記念日が多く制定されています。
新しい年が明けてから約3週間が経過し、お正月の気分も抜けて日常のリズムが定着してくる頃でしょう。
一方で、日本の歴史を振り返ると、冬の厳しさを象徴するような痛ましい事件や、幕末の動乱を象徴する襲撃事件など、決して忘れてはならない重大な出来事が起きた日でもあります。
寒さが一年で最も厳しくなる「大寒」の時期に重なることが多く、体調管理や防災への意識を高める日としても捉えられています。
現代においては、デジタルコミュニケーションに関連する記念日や、健康を意識した食品の記念日などが制定されており、私たちの生活に密着した話題が多いのも特徴です。
ここでは、1月23日を代表する記念日について、その由来や背景を詳しく解説していきます。
1月23日は何の日?代表的な記念日・イベント
電子メールの日
1月23日は「電子メールの日」として知られています。
この記念日は、1994年(平成6年)に日本の電子メッセージング協議会(現在のEジャパン協議会)によって制定されました。
日付の由来は、「1(いい)2(ふ)3(み)」という語呂合わせによるものです。
「いい文(ふみ)」、つまり「E文(いいぶん)」=「Eメール」とかけています。
日本では毎月23日が「ふみの日」として親しまれていますが、この1月23日は特に「電子的な手段によるメッセージ」に焦点を当てた日となっています。
制定された1994年当時は、インターネットが一般家庭に普及し始める直前の時期でした。
Windows 95が発売される前年であり、電子メールはまだ一部のビジネスマンや研究者、パソコン通信愛好家のためのツールという側面が強かった時代です。
その後、携帯電話のメール機能やスマートフォンのメッセージアプリが爆発的に普及し、私たちのコミュニケーション手段は劇的に変化しました。
現在ではLINEやSNSのダイレクトメッセージが主流となり、「電子メール」という言葉自体が少し懐かしい響きを持つようになりつつあるかもしれません。
しかし、ビジネスシーンや公式な連絡手段として、電子メールは依然として不可欠なインフラであり続けています。
この日は、普段あわただしくやり取りしているメッセージを、改めて「いい文(ふみ)」として丁寧に綴ってみる良い機会と言えるでしょう。
また、メールサーバーの整理や、セキュリティ設定の見直しなど、デジタル環境のメンテナンスを行う日としても適しています。
アーモンドの日
1月23日は、健康や美容に良いとされるナッツの一種、「アーモンドの日」でもあります。
この記念日は、カリフォルニア・アーモンド協会によって制定されました。
日付が選ばれた理由は、成人の女性が1日に摂取するアーモンドの目安量が「23粒」とされていることによります。
「1日23粒」という推奨量を広く知ってもらうために、「1」月「23」日が選ばれました。
アーモンド約23粒(約30グラム)には、抗酸化作用のあるビタミンEが豊富に含まれており、その含有量は食品の中でもトップクラスです。
ビタミンEは「若返りのビタミン」とも呼ばれ、細胞の酸化を防ぎ、アンチエイジング効果が期待されています。
また、食物繊維や不飽和脂肪酸であるオレイン酸も豊富に含まれており、整腸作用や悪玉コレステロールの減少にも役立つと言われています。
近年では「低GI食品」としても注目されており、血糖値の急激な上昇を抑える効果があることから、ダイエット中の間食としても人気を集めています。
カリフォルニア・アーモンド協会は、この記念日を通じて、アーモンドを毎日の食生活に取り入れることの健康メリットを啓発しています。
1月23日には、そのまま食べるだけでなく、料理やお菓子作りにアーモンドを活用してみるのも良いでしょう。
ただし、健康に良いとはいえカロリーもそれなりにありますので、記念日の由来通り「1日23粒」を目安に適量を守ることが大切です。
1月23日に制定されたすべての記念日・イベント一覧
海外・国際的に定められた記念日
世界自由の日(World Freedom Day)
台湾や韓国などで祝われる記念日です。
1954年のこの日、朝鮮戦争の捕虜となっていた人々が台湾(中華民国)へ釈放され、自由を得たことを記念しています。
冷戦時代の自由主義陣営の結束を象徴する日として制定されました。
世界自由の日(1954年)
1954年1月23日は、朝鮮戦争における捕虜送還に関連する重要な出来事があった日です。
朝鮮戦争は1950年に始まり、1953年に休戦協定が結ばれましたが、その後の捕虜の処遇は大きな国際問題となっていました。
共産主義陣営(中国義勇軍・北朝鮮軍)の捕虜となっていた約1万4000名と、国連軍側の捕虜たちが、自身の意思に基づいて行き先を選択する機会が与えられました。
この日、多くの捕虜が共産主義体制下への帰還を拒否し、自由主義陣営である台湾(当時の中華民国)や韓国への移住を選んで釈放されました。
台湾ではこの出来事を、共産主義に対する自由主義の勝利として捉え、1月23日を「世界自由の日」と定めました。
また、世界自由民主連盟(WLFD)などの国際組織もこの日を記念日として活動を行っています。
歴史的な背景には東西冷戦の激しい対立があり、個人の「自由意志」による選択が尊重された事例として記憶されています。
日本国内で定められた記念日
電子メールの日
「1(いい)2(ふ)3(み)」の語呂合わせにより制定されました。
電子メッセージング協議会(現:Eジャパン協議会)が1994年に定め、電子メールの普及と適切な利用を促進する日です。
ワンツースリーの日
「123」という数字の並びから制定されました。
人生においてジャンプアップして飛躍することを願う日とされています。
八甲田山の日
1902年(明治35年)のこの日、青森県の八甲田山へ雪中行軍に出かけた陸軍兵士たちが遭難した事件に由来します。
日本の冬山登山の厳しさと歴史的教訓を後世に伝えるための日です。
羅山忌
江戸時代初期の儒学者であり、徳川幕府のブレーンとして活躍した林羅山(はやしらざん)の命日です。
1657年(明暦3年)のこの日に亡くなりました。
真白き富士の嶺の日
1910年(明治43年)のこの日、神奈川県の七里ヶ浜沖で逗子開成中学校の生徒らが乗ったボートが転覆し、12名が亡くなった事故に由来します。
この事故を追悼して作られた歌『真白き富士の嶺(七里ヶ浜の哀歌)』は全国的に有名になりました。
八甲田山の日(1902年)
1月23日は「八甲田山の日」として、日本の近代史における悲劇的な事故を記憶する日となっています。
1902年(明治35年)、大日本帝国陸軍の歩兵第5連隊が、寒冷地での戦闘訓練を目的として青森県の八甲田山で雪中行軍を開始しました。
しかし、出発直後から記録的な寒波と猛吹雪に見舞われ、部隊は山中で立ち往生することになります。
装備の不備や指揮系統の混乱、天候予測の甘さが重なり、参加者210名中199名が死亡するという、山岳遭難事故としては世界最大級の惨事となりました。
生存者はわずか11名で、その多くも重度の凍傷により手足を失うなどの重傷を負いました。
この事件は後に新田次郎の小説『八甲田山死の彷徨』や映画『八甲田山』の題材となり、広く世に知られることとなります。
「天は我々を見放した」という映画の中の台詞は有名ですが、実際には組織運営の在り方やリスクマネジメントの重要性を示す教訓として、現在でも企業研修やリーダーシップ論の題材として取り上げられることがあります。
毎年この時期には、青森市で慰霊祭が行われ、犠牲者の冥福が祈られています。
その他・民間企業や団体が制定した記念日
アーモンドの日
カリフォルニア・アーモンド協会が制定。
女性の1日の摂取目安量が23粒であることから、「1日23粒」を推奨するために選ばれました。
アートラインかしわの日
千葉県柏市を中心に行われるアートイベント「JOBANアートライン」に関連して制定されました。
「1(い)2(ず)3(み)」と読み、アートが湧き出る泉のイメージと、イベントの発足に関連しています。
アグリフード・EXPOの日
日本政策金融公庫が制定しました。
国産農産物をテーマとした展示商談会「アグリフード・EXPO」を広めることを目的としています。
花粉対策の日
花粉問題対策に取り組む企業や団体で構成される「花粉問題対策事業者協議会」が制定しました。
「1(い)2(つ)3(さ)」と読み、「花粉対策は1、2、3で!」という掛け声と、春の花粉飛散シーズン直前の時期であることを示しています。
一無、二少、三多の日
一般社団法人日本生活習慣病予防協会が制定しました。
同協会が提唱する健康標語「一無(いちむ:禁煙)、二少(にしょう:少食・少酒)、三多(さんた:多動・多休・多接)」を啓発する日です。
日付は「1、2、3」の並びから選ばれました。
算数セットの日
算数用教材の製造などを行う株式会社誠文社が制定しました。
小学校の入学準備で算数セットに名前シールを貼る時期であり、「1、2、3」という数字の基本からこの日が選ばれました。
オムレツの日
「06(オム)02(レツ)」の語呂合わせで6月2日が有名ですが、業務用卵製品メーカーなどが「123」の語呂合わせで「ワン・ツー・スリー」と卵を調理するリズムの良さから1月23日を記念日とする場合もあります。
花粉対策の日(制定年不明)
1月23日の「花粉対策の日」は、本格的な春の到来を前に、早めの対策を呼びかける重要な日です。
日本気象協会などの予報によると、スギ花粉の飛散は早い地域では1月下旬から始まります。
多くの人は症状が出てから対策を始めがちですが、専門家は飛散開始前から薬を服用したり、生活環境を整えたりする「初期療法」の有効性を説いています。
「1(い)2(つ)3(さ)」という語呂合わせは、「いつ、さあ(対策を)?」という問いかけにも聞こえ、行動を促す意味合いも含まれています。
この時期にはドラッグストアや家電量販店で、空気清浄機や高機能マスク、花粉防止メガネなどの特設コーナーが設けられることが多くなります。
1月23日を目安に、昨シーズンの残りの薬を確認したり、耳鼻科の予約を入れたりと、具体的な準備を始めるきっかけにするのが良いでしょう。
1月23日に何があった?世界を動かした過去の出来事・事件
1月23日は、日本国内においては幕末の志士に関わる事件や、近代国家としての試練を象徴する出来事が起きています。
世界に目を向けると、科学技術の到達点を示す記録や、国際政治の転換点となる条約交渉などが行われました。
ここでは、それぞれのカテゴリーで特に重要な出来事を掘り下げて紹介します。
世界・海外の歴史的出来事・事件
華県地震(1556年)
1556年1月23日、中国の明王朝時代、陝西省(せんせいしょう)を中心とする地域で巨大地震が発生しました。
この地震は「嘉靖(かせい)の大地震」とも呼ばれ、人類史上最も多くの犠牲者を出した地震として記録されています。
マグニチュードは8.0相当と推定されていますが、被害の甚大さはその規模だけが原因ではありませんでした。
当時のこの地域では、黄土高原の崖を掘り抜いて作った「ヤオトン(窰洞)」と呼ばれる横穴式住居に多くの人々が住んでいました。
地震の激しい揺れによって黄土が崩落し、無数のヤオトンが埋没したことで、就寝中だった多くの住民が生き埋めになったと伝えられています。
歴史書『明史』などの記録によると、死者数は約83万人に達したとされ、地域によっては人口の6割以上が失われました。
この数字は、近代における唐山地震(1976年)やスマトラ島沖地震(2004年)の犠牲者数を遥かに上回るものです。
この災害は、地質的な特性と住環境が災害規模を拡大させるという、防災における重要な教訓を歴史に残しています。
有人潜水艇トリエステ号が世界最深部に到達(1960年)
1960年1月23日、人類の海洋探査における金字塔が打ち立てられました。
アメリカ海軍が運用するバチスカーフ(深海潜水艇)「トリエステ号」が、地球上で最も深い海とされるマリアナ海溝のチャレンジャー海淵に到達したのです。
搭乗していたのは、スイスの海洋学者ジャック・ピカールと、アメリカ海軍大尉ドン・ウォルシュの2名でした。
彼らは水深約10,911メートル(当時の計測値)の海底へと降下し、極限の水圧に耐えながら探査を行いました。
当時の常識では、これほどの深海には生物は存在しないと考えられていましたが、彼らはヒラメやカレイに似た魚類を目撃したと報告し、世界を驚かせました。
この偉業は、宇宙開発における月面着陸に匹敵する冒険であり、深海科学の発展に大きく貢献しました。
その後、2012年に映画監督のジェームズ・キャメロンが単独潜水で到達するまで、有人によるチャレンジャー海淵への到達はこの一度きりでした。
日本国内の歴史的出来事・事件
寺田屋事件(1866年)
1866年(慶応2年)1月23日(旧暦)、京都の伏見にある船宿「寺田屋」で、幕末の志士・坂本龍馬が襲撃される事件が起きました。
これを「寺田屋事件」あるいは「寺田屋遭難」と呼びます。
当時、薩長同盟の斡旋を終えたばかりの龍馬は、長州藩の三吉慎蔵と共に寺田屋に宿泊していました。
深夜、伏見奉行所の捕り方数十人が寺田屋を取り囲み、龍馬たちを捕縛しようと突入しました。
この時、異変にいち早く気づいたのが、入浴中だった龍馬の恋人(後の妻)・お龍(りょう)でした。
彼女は裸のまま風呂から飛び出し、階段を駆け上がって2階にいる龍馬たちに危機を知らせたと伝えられています。
このお龍の機転のおかげで龍馬は拳銃で応戦する準備ができ、手を負傷しながらも裏木戸から脱出することに成功しました。
その後、龍馬は薩摩藩邸に保護され、一命を取り留めました。
この事件は、龍馬の強運とお龍の献身的な愛を象徴するエピソードとして、数々のドラマや小説で描かれています。
また、この直後に龍馬とお龍は傷の湯治を兼ねて鹿児島へ旅行に出かけており、これが「日本初の新婚旅行」と言われることもあります。
八甲田雪中行軍遭難事件(1902年)
1902年(明治35年)1月23日、青森の歩兵第5連隊が八甲田山での雪中行軍訓練中に遭難しました。
この事件は、日露戦争を想定した寒冷地訓練の一環として行われたものでした。
当時の日本軍はロシア軍との衝突を懸念しており、冬の厳寒期における移動や物資輸送の演習が必要不可欠だと考えていました。
神成文吉大尉率いる第5連隊210名は、青森市を出発して八甲田山系を目指しましたが、天候が急変し、記録的な猛吹雪に巻き込まれました。
視界ゼロのホワイトアウト状態となり、極度の低温で羅針盤も凍りつき、部隊は完全に方向を見失いました。
指揮系統の乱れや装備の貧弱さ(当時は現代のような防寒着はありませんでした)が災いし、数日間にわたって山中を彷徨うことになります。
結果として199名が凍死するという、日本の山岳史上最悪の遭難事故となりました。
一方で、別ルートをとった弘前歩兵第31連隊は、徳島大尉の入念な準備と地元ガイドの案内により、全員無事に踏破に成功しており、準備とリーダーシップの差が明暗を分けたとも言われています。
この悲劇は、自然の猛威に対する畏敬の念と、組織における判断力の重要性を現代に伝え続けています。
1月23日が誕生日の有名人:歴史人物から人気芸能人まで
1月23日生まれの人物は、独自の感性を持ち、一つの道を極める職人気質や芸術的才能を持つ人が多い傾向にあります。
日本の歴史を変えた偉人から、現代のエンターテインメント界を彩る人気者まで、多彩な顔ぶれが揃っています。
日本国内で生まれた著名人・芸能人
西郷隆盛(1828年):政治家、軍人
明治維新の三傑の一人。薩摩藩の下級武士から身を起こし、江戸城無血開城などを成し遂げました。※旧暦文政10年12月7日生まれですが、新暦換算で1月23日とされることが一般的です。
湯川秀樹(1907年):理論物理学者
中間子理論を提唱し、1949年に日本人として初めてノーベル賞(物理学賞)を受賞しました。
ジャイアント馬場(1938年):プロレスラー
全日本プロレスの創設者。「16文キック」などの必殺技で知られ、国民的スターとして愛されました。
島田一の介(1951年):お笑い芸人
吉本新喜劇のベテラン座員。「おじゃまします」「ダメよダメよダメなのよ」などのギャグで知られます。
小日向文世(1954年):俳優
劇団出身の実力派。温厚な役から狂気的な役まで幅広く演じ分ける名バイプレーヤーです。
葉加瀬太郎(1968年):ヴァイオリニスト
情熱的な演奏スタイルと親しみやすいキャラクターで活躍。『情熱大陸』のテーマ曲などはあまりに有名です。
ムロツヨシ(1976年):俳優
コメディからシリアスまでこなす個性派俳優。独自の存在感で多くのドラマや映画に出演しています。
トリンドル玲奈(1992年):モデル、タレント、女優
ファッションモデルとしてデビューし、バラエティ番組やドラマでも活躍しています。
永瀬廉(1999年):アイドル、俳優
King & Princeのメンバー。国宝級イケメンとも称され、映画やドラマでの主演も務める人気アイドルです。
石田健大(1993年):プロ野球選手
横浜DeNAベイスターズに所属する投手。左腕からの巧みな投球術が持ち味です。
海外で生まれた著名人・歴史上の人物
スタンダール(1783年):フランスの小説家
『赤と黒』『パルムの僧院』などで知られる19世紀フランス文学を代表する作家です。
エドゥアール・マネ(1832年):フランスの画家
近代絵画の父とも称され、『草上の昼食』『オランピア』などの作品で印象派の画家たちに多大な影響を与えました。
ダビド・ヒルベルト(1862年):ドイツの数学者
現代数学の父の一人。「ヒルベルトの23の問題」を提示し、20世紀の数学研究の方向性を決定づけました。
ジャンゴ・ラインハルト(1910年):ベルギー出身のギタリスト
ジプシー・ジャズの創始者。火傷で指が不自由になりながらも超絶技巧の演奏を残しました。
ルトガー・ハウアー(1944年):オランダの俳優
映画『ブレードランナー』のレプリカント役などで知られる国際的な俳優です。
アリエン・ロッベン(1984年):オランダの元サッカー選手
高速ドリブルと左足のシュートを武器に、バイエルン・ミュンヘンやオランダ代表で活躍しました。
ドウツェン・クロース(1985年):オランダのファッションモデル
ヴィクトリアズ・シークレットのエンジェルを務めるなど、世界的なスーパーモデルとして知られています。
1月23日生まれのアニメキャラ
油女シノ(『NARUTO -ナルト-』):蟲使いの一族である油女一族の忍。常に冷静沈着でサングラスをかけています。
氷河(『聖闘士星矢』):キグナス(白鳥星座)の聖闘士。「ダイヤモンドダスト」などの凍気技を操るクールな少年です。
飛鳥ももこ(『おジャ魔女どれみ』シリーズ):アメリカ帰りの帰国子女魔女見習い。明るく元気なムードメーカーです。
カヌ・エ・センナ(『ファイナルファンタジーXIV』):グリダニアを統治する幻術皇。慈愛に満ちた指導者です。
伍丸弐號(『銀魂』):からくり家政婦。見た目は怖いが、献身的な一面を持つキャラクターです。
那雪透(『スタミュ』):あがり症だが優しい心を持つミュージカル学科の生徒。料理が得意です。
小見春樹(『ハイキュー!!』):梟谷学園高校バレー部のリベロ。チームを支える守備の要です。
滝川・クリス・優(『ダイヤのA』):青道高校野球部の捕手。主人公・沢村の成長に大きく関わる師匠的存在です。
櫛田桔梗(『ようこそ実力至上主義の教室へ』):クラスのアイドル的存在ですが、裏の顔を持つ複雑なキャラクターです。
1月23日のバースデー情報
1月23日生まれの人の誕生花や誕生石、バースデーカラーには、冬の寒さの中で凛と咲く強さや、内面の純粋さを表すキーワードが多く見られます。
それぞれのアイテムに込められた意味を知ることで、自分自身や大切な人への理解が深まるかもしれません。
1月23日の誕生花と花言葉
スノーフレーク
花言葉は「純粋」「純潔」「汚れなき心」「皆を惹きつける魅力」です。
スズランに似た釣鐘状の白い花を咲かせることから「スズランスイセン」とも呼ばれます。
花びらの先端に入った緑色の斑点が特徴的で、雪の中に咲く可憐な姿が花言葉の由来となっています。
ガマ(蒲)
花言葉は「救護」「慈愛」「従順」「無分別」です。
水辺に生える植物で、ソーセージのような形をした穂が特徴です。
日本神話「因幡の白兎」において、大国主命が皮を剥がれたウサギに対し、ガマの穂綿にくるまるようアドバイスして治療した物語から、「救護」や「慈愛」という言葉がつきました。
マンリョウ(万両)
花言葉は「寿ぎ(ことほぎ)」「金満家」「財産」「徳のある人」です。
冬に赤い実をたわわにつける常緑低木で、お正月の縁起物として親しまれています。
「千両」よりも実が大きく、重厚感があることから「万両」と名付けられ、豊かさの象徴とされています。
1月23日の誕生石と石言葉
アレキタイプ・トルマリン
石言葉は「愛の適齢期」です。
トルマリンの中でも、当たる光の種類(自然光や白熱灯など)によって色が変化する「変色効果(カラーチェンジ)」を持つ珍しい石です。
二面性や多面的な魅力を引き出し、恋愛において適切なタイミングを教えてくれる石と言われています。
ガーネット
1月全体の誕生石であるガーネットの石言葉は「真実」「友愛」「忠実」「勝利」です。
燃えるような赤色が特徴的ですが、実は多様な色を持つ宝石です。
積み重ねてきた努力を実らせる力があるとされ、受験や就職など目標に向かって頑張る人のお守りとしても人気があります。
1月23日のバースデーカラーと誕生色
紫苑色(しおんいろ)
色言葉は「母性愛」「自己」「一石二鳥」です。
カラーコードは #867BA9 で、淡く少し青みがかった紫色です。
この色を持つ人は、包容力があり、周囲を和ませる雰囲気を持っているとされます。
控えめながらも芯の強さを感じさせる、上品な日本の伝統色の一つです。
1月23日は何座?星座情報
1月23日生まれの星座は「水瓶座(みずがめ座)」です。
一般的に1月20日頃から2月18日頃までに生まれた人が水瓶座に該当します。
水瓶座の人は、独創的で自由な発想を持つ天才肌の人が多いと言われています。
常識にとらわれない視点を持ち、論理的でありながらも博愛主義的な一面を持っています。
集団の中にいても個性を埋没させることなく、独自のポジションを築くのが得意です。
守護星は「天王星」で、変革や独創性を司る星の影響を受けています。
【まとめ】1月23日何の日?振り返り
1月23日は、「1、2、3」というリズミカルな数字の並びから、「電子メールの日」や「ワンツースリーの日」など、前向きでユニークな記念日が多く制定されています。
一方で、歴史を振り返ると「八甲田雪中行軍遭難事件」や「華県地震」のような、自然の猛威と向き合った厳粛な日でもあります。
また、坂本龍馬が九死に一生を得た「寺田屋事件」の日でもあり、歴史ドラマの大きな転換点となりました。
有名人では、西郷隆盛や湯川秀樹といった日本の偉人から、King & Princeの永瀬廉さんのような現代のスターまで、多才な人々が生まれています。
1月23日を迎えたら、久しぶりの友人にメールを送ってみたり、アーモンドを23粒数えて食べてみたりと、この日ならではのアクションを起こしてみてはいかがでしょうか。