【3月17日】は何の日?イベントや記念日・有名人の誕生日やアニメキャラ・誕生花・バースデーカラーまとめ

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3月17日は、世界的な祝祭と日本の安全意識が交差する、歴史的にも非常に重要な一日です。

この日の最も有名な記念日は、アイルランドの文化と国民性を象徴する「セント・パトリック・デー」です。

アイルランドの守護聖人を祝い、世界中が緑に染まるこのイベントは、春の訪れとともに明るい話題を提供してくれます。

一方、日本では「安全の日」が制定されており、私たちの日々の暮らしにおける防火・防災の重要性を再認識する機会となっています。

また、歴史を遡ると、この日はイタリアが統一国家として誕生した記念すべき日でもあります。

世界史における大きな転換点と、現代につながる文化的な祝祭が重なる3月17日には、深掘りすべき情報が豊富に詰まっています。

ここでは、代表的な記念日である「セント・パトリック・デー」と「安全の日」について詳しく解説します。

目次

3月17日は何の日?代表的な記念日・イベント

セント・パトリック・デー

セント・パトリック・デー(St. Patrick’s Day)は、アイルランド共和国の最大の祝日であり、カトリックの聖人である聖パトリック(St. Patrick)の命日を記念する日です。

聖パトリックは5世紀頃にアイルランドでキリスト教を広めた人物とされており、アイルランドのシンボルである三つ葉のクローバー(シャムロック)を、三位一体(父・子・聖霊)の教えを説明するために用いたと伝えられています。

この日はアイルランドだけでなく、アメリカ、カナダ、オーストラリアなど、アイルランド系移民が多い国々でも盛大に祝われます。

特にニューヨークやシカゴでは大規模なパレードが行われ、人々はアイルランドのナショナルカラーである緑色の服や小物を身に着けるのが習わしです。

シカゴでは、シカゴ川を一時的に緑色に染め上げるという、ダイナミックなイベントも行われます。

この日の食事や飲み物も特徴的で、アイルランドの伝統的な料理や、緑色のビール、そして黒ビールで有名なギネスが大量に消費されます。

セント・パトリック・デーは、アイルランドの文化と歴史、そして彼らのアイデンティティを世界中に発信する大切な機会なのです。

日本では、1992年に東京で初めてパレードが開催されて以来、年々その認知度が高まり、同様に緑のものを身に着けて楽しむ文化が広がりつつあります。

アイルランドの歴史を深く掘り下げると、かつてはカトリック弾圧の歴史もありましたが、このセント・パトリック・デーはそうした苦難を乗り越えた国民の誇りと団結を示す日とも言えます。

この祭典は、単なる宗教的な記念日を超え、世界中の人々がアイルランド文化に触れ、楽しむためのグローバルなイベントとして定着しています。

緑色を着用しなかった人は、いたずらでつねられるというユーモラスな習慣があることも、この日の特徴の一つです。

セント・パトリック・デーは、春の訪れを感じさせる活気と陽気さに満ちた、世界中の人々にとって特別な一日なのです。

安全の日

安全の日は、1952年(昭和27年)に日本で制定された記念日であり、国民一人ひとりが防火・防災に対する意識を新たにし、安全な生活を送るための行動を促すことを目的としています。

この日付が選ばれた背景には、消防記念日である3月7日の10日後に設定することで、この時期の防災意識を継続的に高めたいという意図があります。

3月という時期は、冬の乾燥した気候が続き、春の強風が吹き始めるなど、火災が発生しやすい条件が揃う時期でもあります。

また、年度末を迎え、引っ越しや異動などで生活環境が変わる人も多く、防災に対する注意が散漫になりがちです。

安全の日は、こうした時期的な特性を踏まえ、防火訓練の実施や家庭内での防災用品の点検、避難経路の確認など、具体的な安全対策を見直す絶好の機会とされています。

制定当時は、戦後の復興期であり、都市部における火災や災害の危険性が高かったことから、国民全体での安全意識の向上が急務でした。

現代においては、地震や津波、豪雨などの自然災害のリスクが増大しているため、火災だけでなく、あらゆる災害への備えを考える日として、その重要性が高まっています。

単に「火の用心」を叫ぶだけでなく、地域コミュニティでの連携、高齢者や要支援者への配慮など、社会全体で安全を守るための仕組みづくりを考える日でもあります。

特に、東日本大震災以降は、自助・共助・公助のバランスが重要視されており、この安全の日には、自らの身を守る「自助」の力を高めるための具体的な行動計画を立てることが推奨されています。

例えば、非常食や飲料水の賞味期限チェック、家族との安否確認方法の共有、家具の固定など、小さなことから確実に安全を確保することが求められます。

安全の日は、私たちの命と財産を守るための行動を、立ち止まって考える、静かでありながらも極めて重要な記念日なのです。

3月17日に制定されたすべての記念日・イベント一覧

海外・国際的に定められた記念日

セント・パトリック・デー (St. Patrick’s Day)

アイルランドの守護聖人である聖パトリックの命日を記念する祝祭日です。

日本国内で定められた記念日

安全の日

1952年(昭和27年)に制定。防火・防災の意識を高め、安全な生活を確立することを目指します。

彼岸の入り

春分の日(3月20日頃)を中日とする7日間の最初の日であり、仏壇や墓を清めて祖先の霊を供養する期間に入ります。

その他・民間企業や団体が制定した記念日

薔薇忌(ばらき)

小説家・評論家の塩月赳(しおつき たけし)の1977年(昭和52年)の忌日です。

月斗忌(げっとき)

俳人・歌人である松本たかしの1956年(昭和31年)の忌日です。

3月17日に何があった?世界を動かした過去の出来事・事件

3月17日は、ヨーロッパにおける国家の誕生から、現代日本の生活を変えたヒット商品の発売まで、世界の歴史と文化に大きな足跡を残した一日です。

この日に起きた出来事を知ることは、現代社会の国際情勢や日本の経済・技術の発展を理解する上で欠かせません。

世界・海外の歴史的出来事・事件

イタリア王国の成立(1861年)

1861年3月17日は、ヨーロッパ史における最も重要な出来事の一つである、イタリア王国の成立が宣言された記念すべき日です。

これは、長らく多数の小国家に分裂し、外国勢力の干渉を受けていたイタリア半島が、サルデーニャ王国の主導のもと、一つの統一国家としてまとまった瞬間を意味します。

この統一運動は「リソルジメント(Risorgimento、イタリア語で「再興」の意)」と呼ばれ、19世紀半ばを通じてカヴール、ガリバルディ、マッツィーニといった偉大な指導者たちによって推進されました。

特にサルデーニャ王国の宰相であったカヴールは、巧みな外交手腕により、オーストリア帝国からの独立を確保し、イタリア北部を統一する基盤を築きました。

南イタリアでは、ジュゼッペ・ガリバルディが率いる「千人隊(赤シャツ隊)」がシチリアからナポリを解放し、その征服地をサルデーニャ国王ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世に献上するという劇的な展開を見せました。

この統合の結果、ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世が初代国王に即位し、ここにイタリア王国が誕生しました。

この時点では、まだ教皇領の一部であったローマや、オーストリア領であったヴェネツィアは含まれていませんでしたが、この日の宣言をもって、近代イタリアの国家としての歴史が正式に始まりました。

イタリア統一は、ヨーロッパの勢力図を大きく塗り替え、後のドイツ統一と並んで、近代ナショナリズムの波がヨーロッパ全土を覆ったことを象徴しています。

現在、イタリアではこの日が国民の誇りを示す重要な歴史記念日として認識されています。

硫黄島の戦いの終結(1945年)

太平洋戦争末期の1945年3月17日、アメリカ軍は硫黄島の戦いにおいて全島の占領を宣言しました。

ただし、この宣言は、日本軍の組織的な抵抗がほぼ終了したことを意味するものであり、その後も一部の残存部隊による散発的な戦闘は続きました。

この戦いは、1945年2月19日の米軍上陸から約1ヶ月にわたり繰り広げられた、極めて過酷で凄惨な戦いとして知られています。

硫黄島は、本土空襲を行うB-29爆撃機の緊急着陸地点や護衛戦闘機の発進基地として、米軍にとって戦略上、極めて重要な地点でした。

日本軍は栗林忠道中将の指揮のもと、徹底した地下壕(ちかごう)と要塞(ようさい)陣地を構築し、「水際撃滅」ではなく「水際を避けた持久戦」を展開するという、これまでの日本軍には見られなかった戦術を採用しました。

この戦術により、米軍は想像を絶する損害を被り、上陸後すぐに終わると予想されていた戦闘は長期化しました。

米軍の死傷者数は約2万6000人に上り、これは太平洋戦争における米海兵隊史上、最大の人的被害となりました。

日本軍の約2万1000人の将兵は、最後まで降伏することなく戦い抜き、ほとんどが玉砕しました。

硫黄島の戦いは、米軍にとっては太平洋戦争における「最も困難な戦い」の一つとして記憶されています。

この戦闘の激しさは、アメリカ海兵隊が星条旗を掲げる有名な写真によって象徴されており、戦争の悲劇と米軍兵士の犠牲を後世に伝えています。

ブリュッセル条約の締結(1948年)

1948年3月17日、イギリス、フランス、そしてベルギー、オランダ、ルクセンブルクのベネルクス3国が、ベルギーの首都ブリュッセルで「西欧連合条約」(通称:ブリュッセル条約)を締結しました。

この条約は、第二次世界大戦終結後、ソビエト連邦との冷戦構造が深まる中で、西ヨーロッパ諸国が安全保障と相互協力の体制を築くために結ばれたものです。

特に、ドイツの再軍備の可能性やソ連の脅威に対抗するための集団防衛の枠組みを作ることが緊急の課題でした。

条約の柱は、いずれかの締約国が武力攻撃を受けた場合、他の締約国が軍事的およびその他の援助を行うことを義務付ける「集団的自衛権」の規定でした。

このブリュッセル条約は、その後の西側諸国の安全保障体制の基盤となり、1949年にアメリカやカナダも加わって結成される「北大西洋条約機構(NATO)」の直接的な前身となりました。

当初は経済、社会、文化分野での協力も謳われていましたが、やがて軍事同盟としての性格が強まっていきました。

冷戦期における西ヨーロッパの防衛協力の歴史を語る上で、この3月17日に結ばれたブリュッセル条約は、極めて重要な起点として位置づけられています。

日本国内の歴史的出来事・事件

湯島聖堂の完成(1690年)

江戸時代の1690年(元禄3年)3月17日、江戸幕府5代将軍徳川綱吉が儒学の振興を図るため、江戸の湯島に「湯島聖堂」を完成させました。

儒教の開祖である孔子を祀る孔子廟(こうしびょう)と、儒学の教育機関としての役割を持つ学問所を兼ね備えた施設です。

綱吉は、朱子学を幕府の正学として重視し、武士の教養を高め、文治政治を推進するためにこの施設を建設しました。

建設当初は、綱吉の師であった林羅山(はやし らざん)の家塾が上野からこの湯島の地に移され、「聖堂」として整備されました。

その後、幕府直轄の学問所である「昌平坂学問所(しょうへいざかがくもんじょ)」が併設され、江戸時代の最高の教育機関として機能しました。

この学問所は、幕臣の子弟だけでなく、優秀な藩士などにも門戸を開き、後の日本の近代教育制度の基盤となる多くの人材を育成しました。

現在の湯島聖堂は、関東大震災や戦災で多くの建物が焼失しましたが、再建され、現在も孔子像が祀られており、日本の儒学の歴史を伝える重要な史跡となっています。

湯島聖堂の完成は、武力を背景とした政治から、教養と学問を重んじる文治政治への転換を象徴する出来事でした。

アサヒスーパードライの発売(1987年)

1987年(昭和62年)3月17日、アサヒビール株式会社は、日本国内のビール市場を一変させることになる革新的な商品、「アサヒスーパードライ」を発売しました。

当時の日本のビール市場は、キリンビールが圧倒的なシェアを占めており、アサヒビールは苦戦を強いられていました。

この状況を打破するために開発されたスーパードライは、「辛口」という、それまでのビールにはなかった新しい味の概念を提示しました。

スーパードライが目指したのは、コクとキレを両立させ、食事とともに楽しむことができる、喉越しの良いドライな味わいです。

この「辛口・ドライ」というコンセプトは、当時の消費者の嗜好と時代の流れに見事に合致し、発売直後から爆発的なヒット商品となりました。

需要が供給を大幅に上回り、一時は品切れが続くほどの社会現象を巻き起こしました。

この成功により、日本のビール業界は「ドライ戦争」と呼ばれる激しい競争時代に突入し、他社も追随して辛口ビールを発売することになりますが、スーパードライの優位は揺るぎませんでした。

スーパードライの登場は、アサヒビールを業界のトップシェア争いに押し上げ、日本のビール市場におけるシェア構造を劇的に変化させました。

現在に至るまで、同社の中核ブランドとして君臨し続けており、日本のサラリーマン文化や食卓の風景の一部を形作った、歴史的な大ヒット商品と言えます。

国際科学技術博覧会(つくば科学万博)の開幕(1985年)

1985年(昭和60年)3月17日、茨城県の筑波研究学園都市で、国際科学技術博覧会(愛称:つくば’85)が開幕しました。

この万博は「人間・居住・環境と科学技術」をテーマに掲げ、国内外の最新の科学技術を紹介することを目的として開催されました。

日本で初めて科学技術に特化した国際博覧会であり、ロボット、コンピューター、宇宙開発、バイオテクノロジーなど、当時最先端の技術が一同に会しました。

特に、巨大な映像システムや未来的な展示は多くの来場者を魅了し、開催期間中には延べ2000万人を超える人々が訪れました。

この万博の成功は、日本の科学技術力の高さを世界に示し、また、多くの若者に科学への興味を抱かせるきっかけとなりました。

筑波研究学園都市のインフラ整備が促進されたほか、万博へのアクセス手段として開業したつくばエクスプレス(当時は計画段階)など、地域社会にも大きな影響を与えました。

3月17日が誕生日の有名人:歴史人物から人気芸能人まで

3月17日は、戦国の天下人である豊臣秀吉から、現代の音楽シーンや芸能界を牽引する人気タレント、スポーツ界のスターまで、多岐にわたる分野の著名人が生まれた日です。

彼らがそれぞれの時代やジャンルで残した功績は、現代社会にも大きな影響を与え続けています。

日本国内で生まれた著名人・芸能人

豊臣 秀吉(1537年):戦国時代から安土桃山時代にかけての武将、天下人。織田信長の後継者として全国を統一し、太閤検地や刀狩などの政策を行いました。

松尾 嘉代(1943年):女優。妖艶な役からコミカルな役まで幅広くこなし、特にテレビドラマで活躍しました。

山本 譲二(1950年):演歌歌手。代表曲に「みちのくひとり旅」などがあり、長く演歌界を牽引しています。

甲本 ヒロト(1963年):歌手、ミュージシャン。THE BLUE HEARTS、THE HIGH-LOWS、ザ・クロマニヨンズのボーカリストとして、日本のロックシーンに多大な影響を与えました。

新田 恵利(1968年):元アイドル、タレント。おニャン子クラブの会員番号8番として人気を博しました。

重松 清(1969年):小説家。家族や学校生活をテーマにした作品が多く、直木賞を受賞した『流星ワゴン』などが有名です。

藤森 慎吾(1983年):お笑いタレント。お笑いコンビ・オリエンタルラジオのメンバー。チャラ男キャラや「PERFECT HUMAN」などで人気を集めました。

香川 真司(1989年):プロサッカー選手。元日本代表。欧州のトップリーグで活躍し、特にドイツのドルトムントでのプレーが有名です。

玉森 裕太(1990年):歌手、俳優。アイドルグループ・Kis-My-Ft2のメンバーとして活動するほか、数々のドラマや映画で主演を務めています。

北村 匠海(1994年):俳優、歌手。ダンスロックバンド・DISH//のメンバーであり、俳優としても若手実力派として高く評価されています。

早見 あかり(1995年):女優。元ももいろクローバーのメンバーで、現在は女優として活躍しています。

海外で生まれた著名人・歴史上の人物

ゴットリープ・ダイムラー(1834年):ドイツの技術者。カール・ベンツと並び、自動車産業の基礎を築いた人物の一人です。

ナット・キング・コール(1919年):アメリカのジャズピアニスト、歌手。温かい歌声で「モナ・リザ」などのヒット曲を残しました。

ルドルフ・ヌレエフ(1938年):ソビエト連邦出身のバレエダンサー。20世紀最高の男性ダンサーの一人と称され、「東側の至宝」と呼ばれました。

カート・ラッセル(1951年):アメリカの俳優。アクションからコメディまで幅広いジャンルで活躍するベテラン俳優です。

アレキサンダー・マックイーン(1969年):イギリスのファッションデザイナー。独創的でアバンギャルドなデザインで、ファッション界に革命をもたらしました。

3月17日生まれのアニメキャラ

日向 ヒナタ(『NARUTO -ナルト-』):木ノ葉隠れの里のくノ一。優しく内向的ながらも、強い決意を秘めています。

大石 秀一郎(『テニスの王子様』):青春学園中等部テニス部副部長。常にチームを支える温厚な性格で、「青学の母」とも呼ばれます。

古市 幸一(『べるぜバブ』):主人公の悪魔の赤ん坊の面倒を見るお笑い担当。いつも騒動に巻き込まれる常識人です。

孫策 伯符(『一騎当千』):主人公。闘士としての強大な力と明るく前向きな性格を持ちます。

桜月 キラ(『双恋』):桜月家の双子の姉。優しくおっとりとした性格が特徴です。

3月17日のバースデー情報

3月17日に生まれた方々には、歴史的な人物が多いように、情熱的で、周囲に影響を与える強い個性を持つ傾向が見られます。

その個性を象徴するかのように、この日の誕生花や誕生石、バースデーカラーには、熱意や幸福を意味するものが選ばれています。

3月17日の誕生花と花言葉

サンダーソニア

3月17日の代表的な誕生花は、南アフリカ原産の可愛らしい姿を持つ「サンダーソニア」です。

この花は、提灯(ちょうちん)のような形をしたオレンジ色の小さな花が特徴で、非常に愛らしい印象を与えます。

サンダーソニアの花言葉は、「祈り」「福音」「愛らしい姿」といった、温かくポジティブな意味合いを持ちます。

「福音」は、聖パトリック・デーの宗教的な背景とも通じる言葉であり、この日に生まれた人にふさわしい希望に満ちたメッセージを伝えます。

その繊細で美しい姿から、花束やアレンジメントにもよく利用され、見る人に穏やかな幸福をもたらす花です。

3月17日の誕生石と石言葉

珊瑚(サンゴ)

3月17日の誕生石は、海からの贈り物である美しい「珊瑚(サンゴ)」です。

珊瑚は、深海で長い年月をかけて形成されることから、古来より「長寿」や「生命力」の象徴とされてきました。

石言葉には、「長寿」「幸福」「聡明」「沈着」といった意味があり、持ち主に落ち着きと知恵を与え、災難から守ると信じられています。

特に赤い珊瑚は、魔除けやお守りとして用いられることが多く、イタリア統一の歴史における情熱や、セント・パトリック・デーの熱気ともリンクするような力強いエネルギーを感じさせます。

サンゴは、その独特な質感と色合いから、古くから装飾品として珍重されてきた宝石です。

3月17日のバースデーカラーと誕生色

スカーレット

3月17日のバースデーカラーは、鮮やかで強い赤色である「スカーレット」です。

この色は、明るい赤の中でも特に華やかで、情熱や活力を強く感じさせる色合いをしています。

スカーレットの色言葉は、「野心」「情熱」「自己実現」であり、この日に生まれた人が持つ、目標に向かって突き進む強いエネルギーと、自己を表現する力を象徴しています。

豊臣秀吉のような天下人や、甲本ヒロトのようなカリスマ的なアーティストがこの日に生まれたのも、この「スカーレット」が持つ情熱的な性質と無関係ではないかもしれません。

この色を身につけることで、持ち前の活力がさらに増し、自らの道を切り開く助けとなると言われています。

3月17日は何座?星座情報

3月17日は、黄道十二星座の最後の星座である「うお座(Pisces)」に属します。

うお座は通常、2月19日から3月20日頃までに生まれた人に適用されます。

この星座の人は、感受性が豊かでロマンチスト、他人の気持ちに寄り添う優しさを持つ傾向があるとされています。

また、想像力や芸術的才能に恵まれている人が多く、時に非現実的なものへの憧れを抱くこともあります。

支配星は海王星であり、夢や幻想、そして精神的なつながりを重視する性質が強いと言われています。

【まとめ】3月17日何の日?振り返り

3月17日は、アイルランドの民族的アイデンティティを祝う「セント・パトリック・デー」と、日本の国民的な安全意識を高める「安全の日」が重なる日です。

歴史的には、1861年の「イタリア王国の成立」というヨーロッパ史の転換点であり、日本では1987年の「アサヒスーパードライ発売」という経済史の金字塔が打ち立てられた日でもあります。

豊臣秀吉や甲本ヒロトなど、強烈な個性と才能を持つ著名人が多く誕生しており、彼らの功績は現代社会に大きな影響を与え続けています。

誕生花「サンダーソニア」の「福音」や、誕生石「珊瑚」の「幸福」という言葉が示すように、希望と情熱に満ちたエネルギーを持つ一日と言えるでしょう。

この日をきっかけに、世界の文化や歴史、そしてご自身のバースデー情報に触れていただければ幸いです。

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