1月25日は、日本の気象史に残る「極寒の記録」が刻まれた日として知られています。
1年で最も寒い時期にあたり、その寒さに関連したユニークな記念日が数多く制定されています。
厳しい寒さを逆手に取り、温かい食べ物で心身を温めようというポジティブな提案がなされているのが特徴です。
一方で、歴史に目を向けると、権力闘争による悲劇的な追放や、国家間の緊張が生んだ劇的な謝罪など、人間ドラマが動いた日でもあります。
寒さの中で人の温もりが求められるように、歴史の冷厳さと人間的な感情が交錯する日と言えるかもしれません。
そのような1月25日に制定された記念日や、過去に起きた出来事について、詳しく見ていきましょう。
1月25日は何の日?代表的な記念日・イベント
日本最低気温の日
1月25日は「日本最低気温の日」として知られています。
1902年(明治35年)のこの日、北海道の旭川市で、日本の気象観測史上最低となる気温「マイナス41.0℃」が記録されました。
この記録は、100年以上が経過した現在でも破られていない、日本一の寒さの記録です。
当時、日本列島は強烈な寒波に見舞われており、北海道だけでなく全国的に厳しい冷え込みとなっていました。
旭川測候所(現在の旭川地方気象台)で観測されたこの数値は、想像を絶する寒さであり、吐いた息が瞬時に凍るほどの世界です。
実は、この記録的な寒波は、日本の軍事史上最悪の遭難事故とされる「八甲田山雪中行軍遭難事件」と同時期に発生していました。
青森県の八甲田山で訓練を行っていた陸軍の部隊が、猛吹雪と極寒の中で遭難し、多くの犠牲者を出したのも、この時の寒波が原因でした。
そのため、この日は単なる気象記録の記念日というだけでなく、自然の猛威と人間の脆さを再認識する日でもあります。
現在では、この寒さにちなんで、各地で「しばれフェスティバル」などの耐寒イベントが行われたり、寒さを楽しむ催しが開かれたりしています。
また、暖房器具や防寒具の重要性を確認し、冬の生活の知恵を見直す機会としても捉えられています。
ホットケーキの日
1月25日は、甘くて温かい「ホットケーキの日」でもあります。
この記念日は、ホットケーキミックスなどの製菓材料で知られる森永製菓株式会社によって制定されました。
その由来は、先述した「日本最低気温の日」に直接関係しています。
1902年に旭川で記録された日本一寒い日にちなみ、「寒い日には温かいホットケーキを食べて、心も体も温まってほしい」という願いが込められています。
ホットケーキは、手軽に作れて栄養もあり、家庭での団らんの象徴とも言える食べ物です。
特に寒い冬の朝や休日のブランチに、焼きたてのホットケーキを食べる時間は、多くの人にとって幸せなひとときです。
制定の目的には、ホットケーキを通じて親子のコミュニケーションを深めたり、手作りの楽しさを伝えたりすることも含まれています。
また、近年ではSNSなどを通じて、様々なアレンジレシピやデコレーションが共有され、ホットケーキの楽しみ方が広がっています。
この日は、スーパーマーケットの売り場でホットケーキミックスの特設コーナーが設けられることも多く、冬の定番イベントとして定着しつつあります。
厳しい寒さの記録が、時代を超えて温かい笑顔を生むきっかけになっているのは、素敵な巡り合わせと言えるでしょう。
1月25日に制定されたすべての記念日・イベント一覧
海外・国際的に定められた記念日
バーンズ・ナイト(Burns Night)
スコットランドの国民的詩人ロバート・バーンズの誕生日(1759年1月25日)を記念する日。伝統料理ハギスを食べ、彼の詩を朗読して祝う。
反対語の日(Opposite Day)
アメリカなどで子供たちの遊びから広まった記念日。
「イエス」が「ノー」になるなど、言葉の意味が逆になるゲームを楽しむ。
タチアナの日(Tatiana Day)
ロシアの学生の日。
1755年のこの日にモスクワ大学が設立されたことに由来し、聖タチアナが学生の守護聖人とされている。
ロバート・バーンズとスコットランドの魂(1759年生)
1月25日は、スコットランドの人々にとって、単なる詩人の誕生日以上の意味を持つ特別な日です。
この日は、スコットランドの国民的詩人ロバート・バーンズ(Robert Burns)が生まれた日であり、世界中のスコットランド系住民によって盛大に祝われます。
ロバート・バーンズは18世紀後半に活躍し、スコットランド語(スコッツ語)を用いて、庶民の生活や感情、故郷への愛を歌い上げました。
彼の代表作の一つである『Auld Lang Syne(蛍の光)』は、日本でも別れの曲として広く親しまれていますが、元々は再会を祝う酒宴の歌です。
「バーンズ・ナイト(バーンズの夕べ)」と呼ばれる祝宴では、スコットランドの伝統料理「ハギス(羊の内臓のミンチ煮)」が主役となります。
ハギスが入場する際にはバグパイプが演奏され、バーンズの詩『ハギスに捧げる詩』が高らかに朗読されます。
そして、ウイスキーで乾杯し、彼の詩や歌を楽しみながら夜更けまで語り合うのが習わしです。
彼は、英語文化の圧力の中で消えかかっていたスコットランド独自の言語とアイデンティティを守り抜いた英雄として尊敬されています。
農民出身でありながら、鋭い社会風刺と深い人間愛を持っていた彼は、「庶民の詩人(Ploughman Poet)」とも呼ばれています。
1月25日は、スコットランドの誇りと文化が世界中で共鳴する、情熱的な夜となるのです。
日本国内で定められた記念日
日本最低気温の日
1902年に旭川で-41.0℃を記録したことに由来。
お詫びの日
1077年の「カノッサの屈辱」に由来。
かつて日本で「お詫びの手紙」に関する公募イベントが行われていたことにも関連。
左遷の日
901年に菅原道真が太宰府へ左遷されたことに由来。
主婦休みの日
サンケイリビング新聞社が2009年に制定。
1月25日、5月25日、9月25日の年3回設定されており、家事や育児に忙しい主婦(主夫)がリフレッシュするための日。
美容記念日
日本初の美容家とされるメイ牛山(初代)の誕生日(1911年1月25日)にちなみ、健康で美しい社会を目指して制定。
とちぎのいちごの日
「とちおとめ」などの産地である栃木県の「いちご王国」プロモーションの一環。
「1(い)2(ち)5(ご)」の語呂合わせ。
一室入魂の日
株式会社レオパレス21が制定。
施工の品質向上を誓う日として、「1(いっ)2(しつ)5(こん)」の語呂合わせから。
菅原道真の左遷と天神信仰(901年)
1月25日が「左遷の日」と呼ばれる背景には、平安時代の政争に翻弄された一人の天才の悲劇があります。
901年(延喜元年)の1月25日、当時の右大臣であった菅原道真は、突然の左遷命令を受けました。
これを「昌泰の変(しょうたいのへん)」と呼びます。
道真は学問の家系に生まれ、卓越した才能で宇多天皇に重用され、異例の出世を遂げていました。
しかし、その急速な昇進は、古くからの名門貴族である藤原氏や源氏などの反発を招いていました。
時の左大臣・藤原時平は、道真が「醍醐天皇を廃して、自分の娘婿である斉世親王を皇位につけようと画策している」という嘘の告げ口をしました。
この讒言(ざんげん)を信じた醍醐天皇によって、道真は太宰権帥(だざいのごんのそち)として九州の太宰府へ追放されました。
太宰府での生活は衣食にも事欠くほど貧しく、道真は無実を訴えながら、2年後の903年2月25日に失意のうちに亡くなりました。
彼の死後、京の都では疫病や天変地異が相次ぎ、藤原時平をはじめとする政敵たちが次々と謎の死を遂げました。
人々はこれを「道真の祟り」と恐れ、その怒りを鎮めるために北野天満宮を建立して彼を神として祀りました。
当初は怨霊として恐れられた道真ですが、時が経つにつれて、生前の優れた学者としての側面が再評価され、「学問の神様」として信仰されるようになりました。
毎月25日が天神様の縁日となっているのは、彼の命日(2月25日)と左遷された日(1月25日)に由来しています。
その他・民間企業や団体が制定した記念日
ホットケーキの日
日本最低気温の日に温かいホットケーキを、という森永製菓の提案により制定。
中華まんの日
1902年の最低気温記録の日に、温かい中華まんを食べて暖をとろうという趣旨で制定。
石ノ森章太郎生誕記念日
「漫画の王様」石ノ森章太郎の誕生日(1938年1月25日)を記念し、石森プロが制定。
法然上人忌
浄土宗の開祖・法然上人の忌日(1212年1月25日)。
中華まんの日とホットケーキの日の共通点
1月25日に制定されている「中華まんの日」と「ホットケーキの日」は、どちらも1902年の「日本最低気温の日」を起源としています。
これらは別々の団体や企業によって制定されたものですが、根底にある思いは共通しています。
それは、「一年で一番寒いとされる時期に、温かいものを食べて元気になろう」というメッセージです。
「中華まんの日」については、具体的な制定団体に関する情報が複数存在しますが、コンビニエンスストアなどで冬の風物詩としてキャンペーンが行われるきっかけとなっています。
一方、「ホットケーキの日」は森永製菓という明確な企業が制定しており、記念日協会にも認定されています。
また、興味深いことに、長野県など一部の地域では、この日に「お狩場焼き」や「ジビエ料理」を食べるイベントが開催されることもあります。
寒さというネガティブな要素を、食の楽しみというポジティブなイベントに変える、日本人の知恵と商魂が感じられる日です。
1月25日に何があった?世界を動かした過去の出来事・事件
1月25日は、宗教的な権威の逆転劇や、宇宙開発の新たな一歩など、歴史の転換点となる出来事が記録されています。
ここでは、世界と日本、それぞれの視点から、この日に起きた重要な事件を解説します。
世界・海外の歴史的出来事・事件
カノッサの屈辱(1077年)
1077年1月25日、西洋史における最も劇的な事件の一つ、「カノッサの屈辱」がクライマックスを迎えました。
これは、神聖ローマ皇帝ハインリヒ4世が、ローマ教皇グレゴリウス7世に対して屈服し、謝罪を請うた事件です。
当時、皇帝と教皇は「聖職叙任権(司教などを任命する権利)」を巡って激しく対立していました。
教皇は、皇帝の権力を削ぐために、彼を「破門(キリスト教社会からの追放)」に処しました。
破門されることは、王としての正当性を失い、臣下からの忠誠も解除されることを意味し、ハインリヒ4世は政治的に追い詰められました。
王位を守るため、彼は教皇が滞在していた北イタリアのカノッサ城を訪れました。
伝えられるところによれば、皇帝は修道士の粗末な服をまとい、雪が降り積もる城門の前で、裸足のまま3日3晩立ち尽くして許しを乞いました。
1月25日から始まったこの贖罪の末、教皇はようやく城門を開け、破門を解除しました。
この事件は、中世ヨーロッパにおいて教皇権が皇帝権を凌駕した瞬間として象徴的に語られます。
しかし、屈辱を受けたハインリヒ4世はその後力を盛り返し、逆にグレゴリウス7世をローマから追放することに成功しています。
「カノッサの屈辱」は、単なる謝罪ではなく、政治的な駆け引きと権力闘争の壮絶な一幕だったのです。
日本国内の歴史的出来事・事件
朝日新聞(大阪)の創刊(1879年)
1879年(明治12年)1月25日、大阪の地で「朝日新聞」が産声を上げました。
木村騰(きむら のぼる)と村山龍平(むらやま りょうへい)によって創刊されたこの新聞は、当初は大阪のローカル紙としてのスタートでした。
創刊号は4ページ建てで、定価は1銭。
「朝日」という題号には、「旭日(きょくじつ)のように勢いよく昇り、遍く世の中を照らす」という願いが込められていました。
初期の紙面は、読み物やゴシップ記事を中心とした娯楽性の高い内容で、庶民層をターゲットにしていました。
しかし、次第に報道内容を充実させ、文芸欄に夏目漱石などの著名な作家を起用するなどして、部数を伸ばしていきました。
後に東京にも進出し、全国紙としての地位を確立していくことになります。
この創刊は、日本のジャーナリズムの発展における重要なマイルストーンの一つです。
現在でも1月25日は、朝日新聞社の創立記念日として扱われています。
1月25日が誕生日の有名人:歴史人物から人気芸能人まで
1月25日生まれの人物は、芸術的な才能や、独自の哲学を持って道を切り開く力強さを持った人が多い傾向にあります。
特に日本の漫画界を代表する二人の巨匠が同じ日に生まれていることは特筆すべき点です。
日本国内で生まれた著名人・芸能人
北原白秋(1885年):詩人・歌人・童謡作家。『雨ふり』『待ちぼうけ』など、日本語の美しさを追求した作品を多数残す。
石ノ森章太郎(1938年):漫画家。『仮面ライダー』『サイボーグ009』など膨大な作品を生み出し、「漫画の王様」と称される。
松本零士(1938年):漫画家。『銀河鉄道999』『宇宙戦艦ヤマト』など、壮大なSFロマンを描く。石ノ森章太郎と生年月日が完全に一致する。
マキノ正幸(1941年):実業家。沖縄アクターズスクールを創設し、安室奈美恵やSPEEDなどを輩出。
江守徹(1944年):俳優・ナレーター。重厚な演技と特徴的な語り口で、ドラマや洋画の吹き替えで活躍。
森田芳光(1950年):映画監督。『家族ゲーム』『失楽園』など、独特の演出スタイルで日本映画界を牽引。
竹原ピストル(1976年):ミュージシャン・俳優。魂を揺さぶる歌声と、実直な演技で観客を魅了する。
ゆってぃ(1977年):お笑い芸人。「ワカチコ」のフレーズと80年代アイドル風の衣装で知られる。
櫻井翔(1982年):タレント・キャスター。国民的アイドルグループ「嵐」のメンバーであり、ニュースキャスターとしても定評がある。
今野泰幸(1983年):プロサッカー選手。元日本代表。粘り強い守備とボール奪取能力でチームを支えた。
多部未華子(1989年):女優。個性的で愛らしいキャラクターからシリアスな役まで幅広く演じる実力派。
関口メンディー(1991年):ダンサー。EXILEおよびGENERATIONSのメンバーとして、身体能力と明るいキャラクターで活躍。
佐藤大樹(1995年):ダンサー・俳優。EXILEおよびFANTASTICSのリーダーを務め、ドラマや映画でも主演を重ねる。
海外で生まれた著名人・歴史上の人物
ジョゼフ=ルイ・ラグランジュ(1736年):イタリア生まれの数学者・天文学者。解析力学の基礎を築き、「ラグランジュ点」にその名を残す。
ヴァージニア・ウルフ(1882年):イギリスの小説家。『ダロウェイ夫人』『灯台へ』など、意識の流れを用いた手法で知られるモダニズム文学の旗手。
トスタン(1947年):ブラジルの元サッカー選手。「黄金の左足」を持ち、ペレと共に1970年ワールドカップ優勝に貢献。
シャビ(シャビ・エルナンデス)(1980年):スペインの元サッカー選手・指導者。FCバルセロナとスペイン代表の黄金期を支えた世界屈指の司令塔。
アリシア・キーズ(1981年):アメリカのシンガーソングライター。グラミー賞を多数受賞し、圧倒的な歌唱力とピアノ演奏で世界を魅了。
1月25日生まれのアニメキャラ
波風ミナト(『NARUTO -ナルト-』):木ノ葉隠れの里の四代目火影であり、主人公ナルトの父親。「木ノ葉の黄色い閃光」の異名を持つ。
城之内克也(『遊☆戯☆王』):主人公・武藤遊戯の親友。熱血漢で友情に厚く、数々の激闘を繰り広げるデュエリスト。
葉月栞(『神のみぞ知るセカイ』):図書委員を務める内気な少女。本の世界を愛し、物語のヒロインの一人。
国分果林(『とんでぶーりん』):ピンクのブタに変身して戦うヒロイン。明るく元気な中学生。
1月25日のバースデー情報
1月25日生まれの人の内面や運命を彩る、花、石、色について解説します。
これらのシンボルは、自分自身を知る手がかりや、大切な人への贈り物選びの参考になります。
1月25日の誕生花と花言葉
ミミナグサ(耳菜草)
花言葉は「純真」「無邪気」です。
ナデシコ科の植物で、春の七草の「ホトケノザ(コオニタビラコ)」とは別の植物ですが、春に小さな白い花を咲かせます。
葉の形がネズミの耳に似ていることからこの名がつきました。
小さく可憐な姿から、飾らない純粋な心を表す花言葉が付けられています。
プリムラ
花言葉は「青春の恋」「富貴」です。
春一番に咲く花の一つであり、色鮮やかな花びらが明るい希望を感じさせます。
フクシア
花言葉は「つつましい愛」「信じる愛」です。
下向きに咲く独特の形状が、イヤリングのように美しく、控えめながらも強い存在感を放ちます。
1月25日の誕生石と石言葉
サードニクス(紅縞瑪瑙)
石言葉は「幸せな結婚」「夫婦和合」です。
赤やオレンジと白の層が重なり合い、美しい縞模様を作り出すアゲート(瑪瑙)の一種です。
古くからカメオなどの装飾品に加工され、愛の守護石として大切にされてきました。
異なる色が調和して一つの石を形成していることから、パートナーとの絆を深め、家庭円満をもたらす力があると信じられています。
1月25日のバースデーカラーと誕生色
ローズダスト(Rose Dust)
色言葉は「バランス」「献身」「強運」です。
バラの花が少し色あせたような、くすんだピンク色を指します。
派手さを抑えた上品な色合いで、大人の落ち着きと優しさを表現しています。
献身的に周囲を支えながら、自分自身の運命も切り開いていく強さを持った色とされています。
1月25日は何座?星座情報
1月25日生まれの星座は「水瓶座(みずがめ座)」です。
水瓶座は、1月20日から2月18日までの期間に生まれた人が該当します。
風のエレメントに属し、知的好奇心が旺盛で、既存の枠組みにとらわれない自由な発想を好みます。
1月25日生まれの人は、特に直感力に優れ、独自の世界観を持っていることが多いと言われています。
石ノ森章太郎や松本零士のように、想像力を形にして多くの人に影響を与える才能を秘めているかもしれません。
【まとめ】1月25日何の日?振り返り
1月25日は、マイナス41℃という「日本最低気温」が記録された極寒の日ですが、その寒さを乗り越えるために「ホットケーキ」や「中華まん」といった温かい文化が花開いた日でもあります。
歴史的には、菅原道真の左遷やカノッサの屈辱といった、逆境や試練の物語が刻まれています。
また、石ノ森章太郎と松本零士という二人の偉大な漫画家が同じ日に生まれた奇跡的な日であり、櫻井翔さんや多部未華子さんなど、現代を彩るスターたちの誕生日でもあります。
寒さの中にも、人の温もりや創造の火が灯る、エネルギーに満ちた一日と言えるでしょう。