12月14日という日付は、日本および世界史において、極めて困難な目標が達成された日として記録されています。
日本では江戸時代最大の復讐劇として語り継がれる赤穂浪士の討ち入りが決行された日であり、世界に目を向ければ、人類が初めて地球の最南端である南極点に足を踏み入れた偉業の日でもあります。
また、現代史においては紛争終結のための重要な条約が署名された日でもあり、平和への希求が形となった日とも言えます。
本記事では、12月14日に制定された記念日の詳細な由来、この日に起きた歴史的な転換点、そしてこの日生まれた著名人や誕生花・誕生石などのバースデー情報を網羅的に解説します。
12月14日は何の日?代表的な記念日・イベント
12月14日を代表する記念日として、日本の伝統的な忠義を象徴する出来事と、人類の探検史に残る偉業の2つを詳しく解説します。
南極の日
1911年(明治44年)の12月14日、ノルウェーの探検家ロアール・アムンセンと4人の隊員が、人類史上初めて南極点への到達に成功しました。
この偉業を記念し、12月14日は「南極の日」として制定されています。
当時、南極点到達は国家の威信をかけた国際的な競争となっていました。
アムンセン率いるノルウェー隊と、ロバート・スコット率いるイギリス隊が激しいレースを展開していました。
アムンセンは、極地での移動手段として犬ぞりを採用し、スキー技術に長けた隊員を選抜、さらにイヌイットの生存技術を積極的に取り入れることで、過酷な環境に適応しました。
一方のスコット隊は雪上車や馬(ポニー)を使用しましたが、これらは南極の環境に適合せず、苦戦を強いられました。
結果として、アムンセン隊はスコット隊より約1ヶ月早く南極点に到達しました。
彼らはテントとノルウェー国旗、そしてスコットへ宛てた手紙を残して無事に帰還しました。
この歴史的勝利は、綿密な準備と環境への適応がいかに重要であるかを後世に伝えています。
現在、南極点の近くには、二人の偉業を称えて「アムンセン・スコット基地」が設置されており、科学観測の重要拠点となっています。
忠臣蔵の日(討ち入りの日)
1702年(元禄15年)の旧暦12月14日(翌15日未明)、赤穂浪士47人が吉良上野介義央の屋敷に討ち入り、主君である浅野内匠頭長矩の仇を討った事件に由来します。
一般的に「忠臣蔵」として知られるこの事件は、日本の冬の風物詩として定着しています。
事件の発端は、江戸城松の「大廊下」における刃傷事件でした。浅野内匠頭が吉良上野介に切りかかったことで、浅野家は取り潰し、浅野内匠頭は即日切腹となりました。
一方、吉良側にはお咎めがなかったことから、これを不服とした大石内蔵助良雄ら旧赤穂藩士たちが、約2年の歳月をかけて周到に準備を進めました。
彼らは幕府の目を欺きながら武器を調達し、吉良の動向を探り続けました。
討ち入りの夜、雪が降り積もる中、浪士たちは火消しの装束を模した戦闘服に身を包み、吉良邸を襲撃しました。
激しい戦闘の末、本懐を遂げた彼らは吉良の首を取り、泉岳寺にある主君の墓前に報告しました。
この一連の出来事は、武士道精神の象徴として称賛される一方で、法治国家における私闘の是非という議論も呼びました。
しかし、歌舞伎や人形浄瑠璃、映画、ドラマの題材として「忠臣蔵」は300年以上にわたり日本人に愛され続けており、毎年この日には全国各地で義士祭などが開催されています。
12月14日に制定されたすべての記念日・イベント一覧
以下は、12月14日に関連する記念日の一覧です。
海外・国際的に定められた記念日
南極の日:1911年にアムンセンが南極点に到達したことに由来。
モンキーデー(Monkey Day):サル類への関心を高めるための非公式な国際記念日。2000年にアメリカの芸術家によって創設されたとされる。
日本国内で定められた記念日
忠臣蔵の日(討ち入りの日):元禄15年の赤穂浪士討ち入りに由来。
四十七士討ち入りの日:上記の別名表記。
その他・民間企業や団体が制定した記念日
麺の日:全国製麺協同組合連合会が制定。毎月14日。数字の1と4で「いい(1)麺(4)」や、麺の形状が細長いことにちなむ。
マダムシンコの日:株式会社カウカウフードシステムが制定。
同社の代表取締役会長である川村信子氏の誕生日にちなむ。バウムクーヘンなどの洋菓子を通じて「おもてなしの心」を伝えることが目的。
クラシコ・医師の日:白衣などの医療用ウェアを企画販売するクラシコ株式会社が制定。
「一(1)生、医(1)師(4)」の語呂合わせから、医師への感謝と敬意を表す日。
12月14日に何があった?世界を動かした過去の出来事・事件
12月14日は、国際政治における平和条約の締結や、科学技術の進展において重要な足跡が残された日です。
世界・海外の歴史的出来事・事件(長文化対象)
ここでは、ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争を終結させた「デイトン合意」の正式署名について詳述します。
デイトン合意の署名とボスニア・ヘルツェゴビナ紛争の終結(1995年)
1995年12月14日、フランスのパリにおいて、ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争を終結させるための「ボスニア・ヘルツェゴビナの平和のための一般枠組み合意(通称:デイトン合意)」が正式に署名されました。
この合意は、第二次世界大戦後のヨーロッパで最悪と言われた民族紛争に終止符を打つ歴史的な転換点となりました。
1992年に勃発したボスニア紛争は、旧ユーゴスラビア連邦の解体に端を発し、ボシュニャク人(ムスリム)、セルビア人、クロアチア人の三つ巴の激しい対立が続いていました。
民族浄化と呼ばれる虐殺や人権侵害が横行し、国際社会から強い懸念が示されていました。
和平交渉は難航を極めましたが、アメリカの仲介により、オハイオ州デイトンのライト・パターソン空軍基地にて各勢力の代表者が隔離状態で交渉を行うという異例の措置が取られました。
1995年11月に仮調印された合意内容は、12月14日のパリでの式典において、セルビアのミロシェヴィッチ大統領、クロアチアのトゥジマン大統領、ボスニアのイゼトベゴヴィッチ大統領によって正式に署名されました。
この合意により、ボスニア・ヘルツェゴビナは主権国家として存続しつつも、内部に「ボスニア・ヘルツェゴビナ連邦」と「スルプスカ共和国」という二つの構成体が併存する複雑な国家体制が敷かれることになりました。
NATO(北大西洋条約機構)を中心とする和平履行部隊(IFOR)が展開し、停戦の監視と治安維持にあたりました。
この日は、力による現状変更を否定し、外交交渉による紛争解決が可能であることを示した重要な一日として記憶されています。
日本国内の歴史的出来事・事件(長文化対象)
日本国内においても、戦後の経済復興と国際社会への復帰を象徴する出来事がありました。
OECD条約への署名と日本の加盟(1960年)
1960年(昭和35年)12月14日、パリにおいて「経済協力開発機構(OECD)条約」が署名されました。
OECDは、第二次世界大戦後のヨーロッパ復興を支援したOEEC(欧州経済協力機構)を改組・発展させた国際機関であり、「先進国クラブ」とも称されます。
当初、原加盟国はアメリカ、カナダ、およびヨーロッパ諸国の計20カ国でした。
設立の目的は、経済成長、開発途上国への援助、そして多角的な自由貿易の拡大にありました。
日本はこの時点ではまだ加盟していませんでしたが、高度経済成長期を経て国際的な経済的地位を高めつつありました。
この条約署名の約3年後、1964年に日本は非欧米諸国として初めてOECDへの加盟を認められることになります。
1960年の条約署名は、世界経済がブロック経済から協調と開放の時代へと移行する起点を意味していました。
OECDの設立によって、加盟国間での政策調整や情報の共有が進み、グローバルな経済課題に対する枠組みが強化されました。
日本にとってこの日は、後の加盟への道筋が作られた日であり、戦後の復興から経済大国へと歩みを進める過程における重要なマイルストーンであったと位置づけられます。
12月14日が誕生日の有名人:歴史人物から人気芸能人まで
12月14日生まれの著名人を、歴史上の人物から現代のスターまで網羅しました。
日本国内で生まれた著名人・芸能人
錦野旦(1948年):歌手、タレント。「スター」の愛称で知られる
世良公則(1955年):ミュージシャン、俳優。「世良公則&ツイスト」ボーカル
高野寛(1964年):ミュージシャン、プロデューサー
勝間和代(1968年):経済評論家
トマトあき(1974年):声優
谷亮子(1975年):柔道家、政治家。オリンピック金メダリスト
中野美奈子(1979年):フリーアナウンサー
村田和美(1978年):タレント、女優
安田祥子(1941年):声楽家。由紀さおりの姉
坂本勇人(1988年):プロ野球選手(読売ジャイアンツ)
高畑充希(1991年):女優、歌手
宮内杏璃(1992年):タレント
井上小百合(1994年):女優、タレント(元乃木坂46)
松本若菜(1984年):女優
那須晃行(1980年):お笑い芸人(なすなかにし)
相澤仁美(1982年):タレント
大塚寧々(1968年):女優
海外で生まれた著名人・歴史上の人物
ノストラダムス(1503年):フランスの医師、占星術師。『ミシェル・ノストラダムス師の予言集』で知られる
ティコ・ブラーエ(1546年):デンマークの天文学者
ジョージ6世(1895年):イギリス国王。映画『英国王のスピーチ』のモデル
ジェーン・バーキン(1946年):イギリス出身の女優、歌手。エルメスの「バーキン」の由来
マイケル・オーウェン(1979年):元イングランド代表サッカー選手
ヴァネッサ・ハジェンズ(1988年):アメリカの女優、歌手。『ハイスクール・ミュージカル』など
オンユ(ONEW)(1989年):韓国の歌手。アイドルグループSHINeeのリーダー
12月14日生まれのアニメキャラ
シエル・ファントムハイヴ(黒執事)
塔矢行洋(ヒカルの碁)
竜崎桜乃(テニスの王子様)
松田桃太(DEATH NOTE)
結野クリステル(銀魂)
12月14日のバースデー情報
誕生日にまつわる花や宝石、色にはそれぞれ深い意味が込められています。12月14日の象徴的な要素を解説します。
12月14日の誕生花と花言葉
12月14日の誕生花は「マツ(松)」「シンビジウム」「サイネリア」などが挙げられます。
マツ(松)
花言葉:「不老長寿」「同情」「向上心」
日本を含む北半球に広く分布するマツ科の常緑高木です。
一年中緑の葉を保つことから、古来より生命力や不変の象徴とされ、日本では慶事や正月の門松などに欠かせない縁起の良い植物です。
花言葉の「不老長寿」は、その厳しい冬の寒さにも耐え抜く強靭な生命力に由来します。
また、神が宿る木(依代)としても信仰の対象となっており、崇高な精神性を表しています。
シンビジウム
花言葉:「飾らない心」「素朴」「高貴な美人」
ラン科の植物で、冬から春にかけて美しい花を咲かせます。
華やかでありながらも落ち着いた色合いが多く、冷涼な気候を好むことから冬の鉢植えギフトとして人気があります。
花言葉の「飾らない心」は、ラン特有の派手さを持ちつつも、原種が持つ野趣あふれる素朴な美しさにちなんでいます。
12月14日の誕生石と石言葉
12月14日の誕生石は「ピンク・サファイア」と、12月の月間誕生石である「ターコイズ」「ラピスラズリ」です。
ピンク・サファイア
石言葉:「かわいらしさ」「儚い愛」「豊かな愛情」
コランダムという鉱物の一種で、微量のクロムを含むことでピンク色に発色します。
サファイアといえば青色が有名ですが、ピンク・サファイアはその可憐な色合いから恋愛運を高める石として知られています。
持ち主の心を開き、愛情を豊かに表現する力を与えてくれると言われており、人間関係を円滑にする効果が期待されています。
ターコイズ(トルコ石)
石言葉:「成功」「繁栄」「健やかな体」
鮮やかな空色が特徴的な、12月を代表する宝石です。
古くから旅のお守りとして重宝され、持ち主に迫る危険を予知し、身代わりとなって割れるという伝承があります。
「天の神が宿る石」として、勇気と行動力をもたらし、夢や目標の達成をサポートする力があると信じられています。
12月14日のバースデーカラーと誕生色
バースデーカラー:朱色(しゅいろ)
色言葉:エネルギー・指導者・現実主義
特徴:外交的で社交性に富む人物。実利を重んじ、周囲を引っ張っていくリーダーシップの資質を持つ色とされています。
12月14日は何座?星座情報
星座:射手座(いて座)
守護星:木星
特徴:自由奔放で探究心が強く、未知の世界への憧れを持っています。
哲学的思考と楽観的な行動力を併せ持ち、束縛を嫌う傾向にあります。
12月14日生まれの人は、特に直感力に優れ、目標に向かって矢のように突き進むエネルギーを持っています。
【まとめ】12月14日何の日?振り返り
12月14日は、日本の「忠臣蔵」における義士たちの忠義と、アムンセン隊による「南極点到達」という不屈の挑戦心によって象徴される日です。
また、現代史においてはデイトン合意による平和への第一歩が記された日でもあります。
高畑充希さんや坂本勇人選手など、多くの才能あふれる人物が生まれた日でもあり、誕生花のマツが示すように、どのような厳しい環境でも変わらぬ信念を持つことの大切さを教えてくれる一日と言えるでしょう。