3月4日は、日本の文化や食文化に深く関わる記念日が重なる一日です。
特に重要な記念日として挙げられるのが「雑誌の日」と「バウムクーヘンの日」でしょう。
これらの記念日は、それぞれ日本の情報伝達の歴史、そして洋菓子の普及という側面で、私たちの生活に大きな影響を与えています。
「雑誌の日」は、日本で初めて本格的な雑誌が創刊された歴史的な事実に由来し、知識や娯楽の普及の始まりを象徴しています。
一方の「バウムクーヘンの日」は、今や誰もが知る洋菓子が日本で初めて販売された、甘く記念すべき瞬間を祝福するものです。
この日はまた、アメリカ合衆国の歴史において、重要な大統領就任式が幾度も行われた特別な日でもあります。
本記事では、3月4日に定められたすべての記念日や、世界を動かした過去の出来事、この日に生まれた著名人やバースデー情報まで、すべてを網羅し深く掘り下げて解説します。
3月4日は何の日?代表的な記念日・イベント
雑誌の日
「雑誌の日」は、1873年(明治6年)3月4日に日本で初めて本格的な体裁を持った雑誌『西京雑誌』が刊行されたことに由来しています。
『西京雑誌』は、西欧の出版物を参考に制作され、それまでの瓦版や絵入りの風刺的な読み物とは一線を画す、知識や教養を目的とした近代的なメディアの先駆けとなりました。
この雑誌の誕生は、日本の情報伝達が近代化へと舵を切った象徴的な出来事であり、その後の出版文化、ひいては国民の識字率向上と教養普及に大きく貢献しました。
当時の日本は、明治維新を経て急激な西洋化の波にあり、海外の新しい知識や情報を求める機運が高まっていました。
『西京雑誌』は、そのような時代のニーズに応える形で誕生し、人々の知識欲を満たす重要な役割を果たしたのです。
「雑誌の日」が特に特定の団体によって正式に制定された記録は見当たりませんが、日本の出版業界において、この日を雑誌文化のルーツとして認識し、記念する慣習が続いています。
現在、日本は世界でも有数の雑誌大国として知られていますが、その繁栄の源流は、この1873年3月4日の出来事にあると言えるでしょう。
この記念日を機に、情報があふれる現代においても、深く、多角的な視点を提供してくれる雑誌の価値を再認識することが大切です。
紙媒体だけでなくデジタル媒体においても、雑誌は特定のテーマを深く掘り下げ、読者に質の高い情報とインスピレーションを提供し続けています。
この日は、日本の出版文化が確立された歴史的な一日として、後世に伝えられるべき重要な意味を持っています。
バウムクーヘンの日
「バウムクーヘンの日」は、洋菓子メーカーである株式会社ユーハイムによって制定された記念日です。
この記念日は、1919年(大正8年)3月4日に、ドイツ人の菓子職人カール・ユーハイム氏が、広島県物産陳列館(現在の原爆ドーム)で開催された「ドイツ俘虜(ふりょ)技術工芸品展覧会」で、日本で初めてバウムクーヘンを焼き、販売したことに由来します。
バウムクーヘンは、ドイツ語で「木のケーキ」という意味を持ち、その名の通り、年輪のような層を重ねた形状が特徴的な焼き菓子です。
当時の日本において、これほど手の込んだ本格的な洋菓子は極めて珍しく、展覧会を訪れた人々に大きな驚きと感動をもって迎えられました。
カール・ユーハイム氏は、第一次世界大戦中に日本軍の捕虜として収容されていましたが、その技術と情熱により、日本の食文化に新たな風を吹き込むことになったのです。
この出来事は、単に新しいお菓子が導入されたというだけでなく、異文化交流の歴史的な側面を持つものとして非常に重要です。
ユーハイム氏はその後、神戸に店を開き、本格的にバウムクーヘンの製造・販売を続け、日本におけるバウムクーヘン文化を確立しました。
現在では、バウムクーヘンは日本において、結婚式の引き出物や贈答品として定番となっており、「長寿」や「繁栄」の願いを込めた縁起の良い菓子として広く愛されています。
3月4日の「バウムクーヘンの日」は、この菓子の美味しさと、日本に伝えたカール・ユーハイム氏の功績を称え、記念する日として制定されています。
この日をきっかけに、バウムクーヘンを味わいながら、その長い歴史と職人の技術に思いを馳せてみてはいかがでしょうか。
3月4日に制定されたすべての記念日・イベント一覧
日本国内で定められた記念日
雑誌の日
1873年(明治6年)3月4日に、日本初の本格的な雑誌『西京雑誌』が創刊されたことに由来する、出版文化を記念する日です。
その他・民間企業や団体が制定した記念日
バウムクーヘンの日
1919年(大正8年)3月4日に、ドイツ人の菓子職人カール・ユーハイム氏が日本で初めてバウムクーヘンを焼き、販売したことに由来し、株式会社ユーハイムが制定しました。
ミシンの日
日本ミシン振興会(現・日本縫製機械工業会)が1990年(平成2年)に制定した記念日です。
「ミ(3)シ(4)ン」という語呂合わせがその由来となっており、ミシンへの感謝と、家庭や産業におけるミシンの重要性を再認識することを目的としています。
サシの日
佐賀県三養基郡みやき町の建設業者などが制定した日です。
「サ(3)シ(4)」の語呂合わせで、建設業界の発展と安全を願い、建設業の社会的意義をアピールすることを目的としています。
3月4日に何があった?世界を動かした過去の出来事・事件
3月4日は、世界の歴史、特にアメリカ合衆国の政治史において非常に重要な意味を持つ日付です。
この日は、かつてアメリカ大統領の就任式が行われる日として定められており、幾人もの歴史的な指導者がこの日に就任しました。
また、日本においては、戦後の重大な原子力災害の一つである第五福竜丸の事件が発覚した日でもあります。
世界・海外の歴史的出来事・事件
アメリカ合衆国大統領就任(1789年、1861年、1933年ほか)
3月4日は、1793年から1933年まで、アメリカ合衆国大統領の就任式が伝統的に行われてきた特別な日です。
これは、アメリカ合衆国憲法が1789年3月4日に発効し、初代連邦議会がニューヨークで開かれたことに由来します。
この憲法発効に伴い、ジョージ・ワシントンが初代大統領に選出されましたが、彼の就任宣誓は4月30日に行われました。
しかし、その後、連邦議会によって大統領の任期が始まる日が3月4日と定められ、実に140年間にわたってこの慣例が続きました。
この日に就任した最も有名な大統領の一人に、第16代大統領エイブラハム・リンカーンがいます。
彼は1861年3月4日に就任し、直面する南北戦争の危機の中で、奴隷解放という歴史的な偉業を成し遂げることになります。
また、世界恐慌の最中、第32代大統領フランクリン・ルーズベルトも1933年3月4日に就任しました。
ルーズベルト大統領は、就任直後にニューディール政策と呼ばれる大規模な経済再建プログラムを立ち上げ、アメリカを経済危機から脱却させるための強力なリーダーシップを発揮しました。
この1933年のルーズベルトの就任が、3月4日に就任式が行われた最後の事例となりました。
1937年以降は、憲法修正第20条(通称「Lame Duck Amendment」)により、大統領の就任日が1月20日に変更され、3月4日の慣例は終わりを迎えました。
このように、3月4日はアメリカの民主主義と歴史の節目を象徴する、非常に重要な日付だったのです。
アントニオ・ヴィヴァルディの誕生(1678年)
1678年3月4日、バロック音楽の偉大な作曲家であるアントニオ・ヴィヴァルディが、ヴェネツィアで誕生しました。
彼は生涯を通じて約500曲もの協奏曲を作曲した多作家であり、「協奏曲の父」とも呼ばれています。
特に有名なのが、ヴァイオリン協奏曲集『四季』であり、これはバロック時代の最も有名な作品の一つとして、現代でも世界中で演奏され続けています。
ヴィヴァルディは、音楽家としての活動の傍ら、聖職者(司祭)としての資格も持っており、その赤い髪から「赤毛の司祭(Il Prete Rosso)」という愛称でも知られていました。
彼はまた、ヴェネツィアの孤児院・音楽学校であるピエタ慈善院で音楽教師を務め、多くの女性音楽家を育成しました。
彼の音楽は、生き生きとしたリズム感と豊かな旋律、そして楽器の独奏を際立たせる形式(リトルネロ形式)の発展に貢献し、後のJ.S.バッハをはじめとする多くの作曲家に影響を与えました。
ヴィヴァルディの作品は、彼の死後しばらく忘れ去られていましたが、20世紀に入って再評価され、バロック音楽の復興とともに、その輝きを取り戻しました。
日本国内の歴史的出来事・事件
第五福竜丸被曝事件の発覚(1954年)
1954年(昭和29年)3月4日、静岡県焼津港所属のマグロ漁船「第五福竜丸」が、ビキニ環礁(マーシャル諸島)でアメリカ合衆国が行った水爆実験「キャッスル作戦」により、放射性降下物、いわゆる「死の灰」を浴びた事件が公になりました。
第五福竜丸は、事件発生から帰港までの間に、乗組員が次々と体調不良を訴え、最終的に放射能の影響で重篤な健康被害を負いました。
この船は、実験実施場所から約160km離れた公海上で操業していたにもかかわらず、高濃度の放射能を浴びたことが、当時の日本社会に大きな衝撃を与えました。
事件が公になったことで、日本国内では、核兵器と放射能に対する強い懸念と恐怖が一気に高まりました。
特に、水産物からの放射能汚染に対する不安が広がり、漁業や水産業に深刻な打撃を与え、「マグロが食えない」という言葉が流行するほどでした。
この事件は、日本における反核・平和運動を大きく盛り上げるきっかけとなり、同年には広島で原水爆禁止署名運動が展開され、全国的な運動へと発展しました。
残念ながら、被曝した乗組員の一人、久保山愛吉さんは、事件発生から約半年後の1954年9月に亡くなり、彼の死は「原水爆による犠牲者」として世界中に報道され、核実験の非人道性を訴える象徴となりました。
第五福竜丸事件は、日本が唯一の戦争被爆国であることに加えて、公海上で漁船が被曝したという事実が、国際的な核問題における日本の立ち位置を決定づける重要な出来事となりました。
日本郵政公社の発足(2003年)
2003年(平成15年)3月4日、国の行政機関であった郵政事業庁が廃止され、特殊法人である「日本郵政公社」が発足しました。
この組織改編は、当時の小泉政権が進めた「郵政民営化」への第一歩として行われたものです。
郵政公社は、それまで国の事業として行われてきた郵便、貯金、保険の三事業を一体的に運営する組織としてスタートしました。
この改革の目的は、行政による硬直的な運営から脱却し、経営の効率化とサービスの向上を図ることにありました。
公社化により、経営判断の自由度が増し、民間企業に近い形で事業運営が行われることが期待されましたが、最終的には2007年(平成19年)10月1日に、日本郵政公社は解散し、郵便事業株式会社、郵便貯金銀行(現在のゆうちょ銀行)、郵便保険会社(現在のかんぽ生命保険)などからなる日本郵政グループとして完全民営化されました。
この一連の動きは、日本の行政改革、特に巨大な公的事業のあり方を巡る議論の大きな焦点となり、社会に広範な影響を与えました。
3月4日が誕生日の有名人:歴史人物から人気芸能人まで
3月4日は、音楽界の巨匠から、現代のエンターテイメント界を牽引する人気俳優まで、幅広い分野で活躍する才能豊かな人々が生まれた日です。
日本国内で生まれた著名人・芸能人
立川志の輔(1947年):落語家。独自の視点と巧みな話術で、現代落語のトップランナーの一人として知られています。
池田昌子(1956年):声優、女優。特に海外ドラマの吹き替えで活躍し、アフレコ技術の向上に貢献しました。
堀井雄二(1963年):ゲームデザイナー。『ドラゴンクエスト』シリーズの生みの親として、日本のRPG文化を確立しました。
山下洋輔(1964年):俳優、タレント。元お笑いコンビ「プリンプリン」のメンバーで、現在は俳優として活躍しています。
いとう大樹(1977年):お笑い芸人、オーケイのメンバー。漫才コンビとして活動し、独特の世界観を持つネタで知られています。
金子ノブアキ(1982年):ミュージシャン、俳優。ロックバンドRIZEのドラマーであり、俳優としても多くの作品に出演しています。
成田凌(1991年):俳優、ファッションモデル。若手実力派俳優として、ドラマや映画で主役級の活躍を見せています。
大橋和也(1998年):アイドル、なにわ男子のメンバー。グループのムードメーカーとして人気を集めています。
海外で生まれた著名人・歴史上の人物
アントニオ・ヴィヴァルディ(1678年):イタリアの作曲家。バロック時代の巨匠で、『四季』などの協奏曲を数多く残しました。
ルー・ゲーリッグ(1903年):アメリカのプロ野球選手。「ヤンキースの鉄人」と呼ばれ、難病ALS(筋萎縮性側索硬化症)の病名に名を残しました。
リチャード・バス(1932年):アメリカの作家、環境保護活動家。自然や環境をテーマにした作品を多く発表しました。
キャサリン・オハラ(1954年):カナダの女優、コメディアン。『ホーム・アローン』など、数多くの映画やドラマで活躍しています。
ユアリー・オヌフリエンコ(1961年):ロシアの宇宙飛行士。ミール宇宙ステーションなどで長期滞在ミッションに参加しました。
3月4日生まれのアニメキャラ
天王はるか(『美少女戦士セーラームーン』):セーラーウラヌスに変身する、ボーイッシュでクールな魅力を持つキャラクターです。
カカシ(『NARUTO -ナルト-』):木ノ葉隠れの里の優秀な忍で、主人公ナルトたちの師匠として物語の要となる人物です。
海馬モクバ(『遊☆戯☆王デュエルモンスターズ』):海馬瀬人の実弟で、兄の会社の副社長を務める重要なサポートキャラクターです。
志賀直哉(『文豪ストレイドッグス』):異能力を持つ武装探偵社のメンバーで、日本文学史上の文豪がモデルのキャラクターです。
日向秀樹(『Angel Beats!』):死後の世界の学校の生徒で、仲間思いでムードメーカー的な存在のキャラクターです。
松原花音(『BanG Dream!』):ガールズバンド「Hello, Happy World!」のドラム担当で、臆病ながらも優しい性格の持ち主です。
春日野うらら(『Yes!プリキュア5』):キュアレモネードに変身するプリキュアの一人で、アイドル活動もこなす努力家です。
3月4日のバースデー情報
3月4日に生まれた人々に贈られる誕生花や誕生石、バースデーカラーには、その日に生まれた人々の持つ特性や願いが込められています。
3月4日の誕生花と花言葉
ラナンキュラス
3月4日の代表的な誕生花はラナンキュラスであり、その美しい花びらは「晴れやかな魅力」や「光輝を放つ」という花言葉を持っています。
ラナンキュラスは、幾重にも重なった薄い花びらが特徴的で、まるでドレスのように華やかで優雅な印象を与えます。
その鮮やかな色彩と豊かな表情から、この日に生まれた人々が、周りの人々を明るく照らす魅力を持っていることを示唆しています。
また、別の誕生花として挙げられるチューリップには、「思いやり」「愛の告白」という花言葉があり、温かい心と愛情深さを表しています。
3月4日の誕生石と石言葉
珊瑚(サンゴ)
3月4日の誕生石は珊瑚(サンゴ)であり、その石言葉は「長寿」「生命力」「幸福」です。
珊瑚は、海の中で長い時間をかけて成長する有機質の宝石であり、古くから魔除けやお守りとして珍重されてきました。
特に、赤い珊瑚は生命力や情熱を象徴し、持つ人に活力を与え、健康と繁栄をもたらすと信じられています。
この日に生まれた人々が、海のように深く豊かな生命力と、永続的な幸福に恵まれることを願う石とされています。
3月4日のバースデーカラーと誕生色
アイビーグリーン
3月4日のバースデーカラーはアイビーグリーン(Ivy Green)であり、その色言葉は「温和」「自然」「調和」です。
アイビーグリーンは、壁を這う常緑の植物、アイビー(蔦)の葉の色にちなんでおり、落ち着いた、深みのある緑色を指します。
この色は、自然とのつながりや、周囲と円滑な関係を築く温和な性格を象徴しています。
この日に生まれた人々が、穏やかで落ち着いた心を持ち、周囲の環境や人間関係において調和を大切にする特性を持っていることを表しています。
3月4日は何座?星座情報
3月4日生まれの人は、占星術上はうお座(魚座)に属します。
うお座の期間は一般的に2月19日から3月20日までとされており、3月4日はその中間に位置します。
うお座の人は、想像力が豊かで感受性が高く、共感力に優れていると言われています。
また、ロマンチストで芸術的な才能を持つ傾向があり、人を思いやる優しい心を持っています。
しかし、その感受性の高さゆえに、感情の波に影響されやすいという側面も持ち合わせています。
【まとめ】3月4日何の日?振り返り
3月4日は、日本の出版文化の礎となった「雑誌の日」や、洋菓子の歴史を刻む「バウムクーヘンの日」など、文化的な記念日が並ぶ日です。
歴史を振り返れば、アメリカ合衆国の歴代大統領の就任式が長きにわたり行われてきた、政治的にも重要な節目となる日でした。
同時に、日本では第五福竜丸被曝事件という、戦後の平和運動に大きな影響を与えた悲劇的な出来事が発覚した日でもあります。
この日に生まれた有名人には、作曲家のヴィヴァルディや俳優の成田凌など、各分野で輝かしい功績を残す人々がいます。
誕生花であるラナンキュラスが示す「晴れやかな魅力」のように、この日は歴史の重みと、文化的な明るさが共存する特別な一日であると言えるでしょう。