4月5日は、春の陽気が本格的になり、人々の活動が活発化する時期に当たります。
この日は、日本の近代化を象徴する生活習慣の変化や、戦後の日本を活気づけたスポーツの話題が豊富です。
特に「ヘアカットの日」や「デビューの日」といった、自己表現や新しい門出を祝うような記念日が重なっているのが特徴です。
また、気象の面では「清明」と呼ばれる二十節気の時期に重なることが多く、万物が清らかに生き生きとする季節の節目でもあります。
歴史を紐解くと、交通インフラの大きな進歩や、世界的な探検の記録、そして偉大な文化人の足跡がこの日に刻まれています。
以下では、4月5日に定められた数多くの記念日や、この日に起きた重要な歴史的事実について、詳細に解説していきます。
4月5日は何の日?代表的な記念日・イベント
ヘアカットの日
4月5日は「ヘアカットの日」として広く知られていますが、その由来は明治時代初期の日本にまで遡ります。
1872年(明治5年)の4月5日、東京府が「女子の断髪禁止令」を出したことがこの記念日のきっかけとなりました。
前年の1871年に、明治政府は男性に対して「散髪脱刀勝手たるべし」という、いわゆる断髪令を出していました。
これを受けて、男性たちはそれまでの丁髷を切り落とし、洋風の髪型へと移行し始めましたが、これに便乗して髪を短くする女性が急増したのです。
当時の政府は、女性が髪を短くすることは「男装の真似事」であり、風紀を乱すものとして否定的な立場をとりました。
そのため、わざわざ女子に対して勝手に髪を切ることを禁じるお触れを出したという経緯があります。
現代から見れば、個人の自由を制限するような法律が制定された日ではありますが、それが転じて「女性が自由に髪型を楽しめるようになった時代」を象徴する日として定着しました。
現在では、多くの美容室がこの日に合わせたキャンペーンを行ったり、自分らしいヘアスタイルを見直す機会として捉えられたりしています。
明治という激動の時代に、人々の容姿が変化し始めた歴史を振り返る上で欠かせない記念日の一つと言えます。
デビューの日
1958年(昭和33年)の4月5日は、日本のプロ野球界にとって永遠に記憶されるべき「特別なデビュー」があった日です。
この日、東京の後楽園球場で行われた読売ジャイアンツ対国鉄スワローズの開幕戦で、スーパールーキーの長嶋茂雄がプロ初出場を果たしました。
大学野球のスターとして大きな期待を背負って打席に立った長嶋でしたが、相手は当時最高の左腕と称された金田正一投手でした。
長嶋茂雄は、この試合で金田投手の繰り出す豪速球と鋭いカーブに翻弄され、結果として4打席連続三振という記録を残しました。
しかし、その三振の内容がすさまじく、豪快なフルスイングでヘルメットが脱げ落ちるほどの迫力だったことが、伝説の幕開けとして語り継がれています。
三振という結果であっても観客を魅了し、新たな時代の到来を予感させたこのエピソードから、4月5日は「デビューの日」と定められました。
この記念日は、単に長嶋茂雄を称えるだけでなく、新社会人や学生など、この時期に新しい世界へ飛び込むすべての人を応援する日という意味も込められています。
失敗を恐れずに全力で振る舞うことの大切さを教える、プロ野球の歴史に根ざしたポジティブな記念日です。
4月5日に制定されたすべての記念日・イベント一覧
海外・国際的に定められた記念日
植木日(韓国)
韓国における「木を植える日」であり、日本の「みどりの日」に近い性質を持つ国民の休日です。
清明節(中国・台湾・香港など)
二十四節気の「清明」にあたる時期に行われる、先祖を供養する伝統的な行事の日です。
日本国内で定められた記念日
小笠原返還記念日
1968年4月5日に、アメリカとの間で小笠原諸島の日本返還に関する協定が調印されたことを記念しています。
横丁の日
「よ(4)こ(5)ちょう」の語呂合わせから、狭い路地に飲食店が並ぶ横丁文化を愛でる日として親しまれています。
新川の日
愛知県碧南市を流れる新川の歴史を振り返り、郷土の川に親しむ日として制定されました。
その他・民間企業や団体が制定した記念日
オープンカーの日
4月はオープンカーにとって最も快適なシーズンであることと、「45(しご)」が「仕事」ではなく「五感」を刺激するという意味、さらに「オープン(045)」の語呂合わせも含めて制定されました。
よごそうデー
「よ(4)ご(5)そう」の語呂合わせで、洗剤メーカーが、子供たちが汚れを気にせず思い切り遊ぶことを推奨するために制定しました。
みたらしだんごの日
毎月5日、15日、25日は、その語呂合わせから山崎製パンによって「みたらしだんごの日」とされています。
4月5日に何があった?世界を動かした過去の出来事・事件
歴史を振り返ると、4月5日は新しい発見や科学技術の進歩、そして大きな社会変動が起きた日であることがわかります。
世界・海外の歴史的出来事・事件
イースター島の発見(1722年)
1722年の4月5日、オランドの海軍提督ヤコブ・ロッヘフェーンが率いる艦隊が、南太平洋上に孤立する島を発見しました。
この日がキリスト教の復活祭(イースター)にあたっていたことから、この島は「イースター島」と名付けられました。
現地語ではラパ・ヌイと呼ばれるこの島で、ヨーロッパ人は初めて巨大な石像「モアイ」を目にすることになります。
当時のロッヘフェーンの記録によれば、島には数千人の住民がおり、巨大な石像を神として崇めていたと記されています。
この発見は、太平洋における未知の航路開拓の一環でしたが、同時に独特の文化を持つ島民たちの運命を大きく変えることにもなりました。
モアイ像がどのようにして造られ、運ばれたのかという謎は、この発見の日以来、現在に至るまで多くの考古学者や歴史家を魅了し続けています。
文明の興亡を象徴するこの島の発見は、地理上の発見の中でも非常に特異な歴史的瞬間として位置づけられています。
イギリス首相チャーチルの辞任(1955年)
1955年の4月5日、第二次世界大戦でイギリスを勝利に導いた偉大な指導者、ウィンストン・チャーチルが首相の座を退きました。
当時80歳という高齢だったチャーチルは、度重なる脳卒中などの健康不安を抱えており、執務の継続が困難であると判断しました。
チャーチルは、ナチス・ドイツの脅威に対して屈しない姿勢を貫き、国民を鼓舞し続けた戦時下のカリスマでした。
戦後の冷戦構造においても「鉄のカーテン」という言葉を用いていち早く警告を発するなど、その政治的影響力は絶大でした。
彼の退陣は、大英帝国としての名残を保持しようとした旧時代の終焉と、新たな国際政治の枠組みへの移行を象徴する出来事となりました。
辞任の際、女王エリザベス2世は彼に公爵位を授けようとしましたが、チャーチルは「ウィンストン・チャーチルのままでいたい」としてこれを辞退したと言われています。
一人の政治家の引退が、一つの時代の区切りとして認識されるほど、彼の存在は大きなものでした。
日本国内の歴史的出来事・事件
明石海峡大橋の開通(1998年)
1998年4月5日、兵庫県神戸市と淡路島を結ぶ世界最長の吊り橋「明石海峡大橋」が供用を開始しました。
この橋の完成により、本州と四国が神戸・鳴門ルートを通じて完全に結ばれ、日本の交通・物流体系に劇的な変化がもたらされました。
全長3,911メートルを誇るこの巨大な橋の建設には、約10年の歳月と高度な土木技術が注ぎ込まれました。
特に建設途中の1995年には、阪神・淡路大震災という未曾有の災害が発生しましたが、橋の構造自体は耐え抜きました。
震災によって地盤がズレた影響で、当初の設計よりも橋の全長が約1メートル伸びるという、驚くべき現象も起きています。
「パールブリッジ」という愛称で親しまれるこの橋の開通は、単なる交通手段の確保にとどまらず、災害に強い国土形成の象徴となりました。
また、夜間に行われるライトアップは、周辺地域の観光資源としても大きな価値を生み出しています。
プロ野球の長嶋茂雄デビュー戦(1958年)
先述の通り、1958年4月5日はプロ野球の歴史が大きく動いた日です。
読売ジャイアンツに入団した長嶋茂雄は、鳴り物入りで開幕戦のサード・スタメンに名を連ねました。
対戦相手の国鉄スワローズのエース金田正一は、新人選手である長嶋に対して全力で勝負を挑みました。
その結果は「4打席4連続三振」という結果でしたが、金田投手が後に語ったところによると、すべての球を全力で投げなければ打たれるという恐怖を感じるほど、長嶋のスイングは凄まじかったそうです。
この敗北から長嶋の伝説的なキャリアが始まり、戦後の日本にプロ野球という娯楽を深く根付かせる原動力となりました。
4月5日が誕生日の有名人:歴史人物から人気芸能人まで
4月5日は、芸術、スポーツ、学問など、多様な分野で頂点を極めた人物が多く誕生しています。
日本国内で生まれた著名人・芸能人
畠山重忠(1164年):鎌倉幕府の有力御家人。清廉潔白な人格者として「坂東武士の鑑」と称えられました。
内田康夫(1934年):作家。浅見光彦シリーズで知られ、日本の旅情ミステリーの第一人者として活躍しました。
板東英二(1940年):元プロ野球選手、タレント。甲子園での奪三振記録を持ち、引退後は独特のキャラクターで人気を博しました。
ファイティング原田(1943年):元プロボクサー。日本人で初めて世界2階級制覇を成し遂げた、伝説のファイターです。
吉田拓郎(1946年):シンガーソングライター。日本のフォーク・ロック界のカリスマであり、数多くの名曲を生み出しました。
鳥山明(1955年):漫画家。『ドラゴンボール』や『Dr.スランプ』の作者として、世界中に日本のアニメ・漫画文化を広めました。
杉田かおる(1964年):女優。天才子役としてデビューし、ドラマやバラエティ番組で長年にわたり活躍しています。
西川史子(1971年):医師、タレント。形成外科医としての活動の傍ら、歯に衣着せぬ発言でバラエティ界でも注目されました。
三浦春馬(1990年):俳優。子役時代から活躍し、高い演技力と歌唱力、ダンススキルで多くの人を魅了した実力派俳優です。
山下リオ(1992年):女優。モデルとして活動を開始し、多くの映画やドラマで存在感を発揮しています。
海外で生まれた著名人・歴史上の人物
トマス・ホッブズ(1588年):イギリスの哲学者。社会契約説を提唱し、主著『リヴァイアサン』で近代政治哲学の基礎を築きました。
ヘルベルト・フォン・カラヤン(1908年):オーストリアの指揮者。「帝王」と呼ばれ、20世紀のクラシック音楽界に絶大な影響を与えました。
グレゴリー・ペック(1916年):アメリカの俳優。『ローマの休日』での新聞記者役や『アラバマ物語』での演技で知られる聖林の名優です。
ファレル・ウィリアムス(1973年):アメリカの音楽プロデューサー、歌手。ヒット曲「Happy」など、世界的な音楽トレンドを牽引し続けています。
4月5日生まれのアニメキャラ
孫ブラ(『ドラゴンボールGT』):ベジータとブルマの娘。サイヤ人の血を引きつつも、活発で今どきの女の子として描かれています。
イシズ・イシュタール(『遊☆戯☆王』):エジプト考古局の局長を務める、神秘的な雰囲気と強い意志を持った女性キャラクターです。
アリス・カータレット(『きんいろモザイク』):イギリスから日本にやってきた、日本文化をこよなく愛する可愛らしい少女です。
烏養繋心(『ハイキュー!!』):烏野高校バレー部のコーチ。熱血でありながら冷静な分析力でチームを支える兄貴分的な存在です。
美空ひばり(『ストップ!! ひばりくん!』):江口寿史氏の漫画に登場する、非常に美しく高いスペックを持つヒロイン(ヒーロー)です。
4月5日のバースデー情報
4月5日生まれの方へ贈る、誕生花や誕生石、バースデーカラーの情報を紹介します。
4月5日の誕生花と花言葉
ワスレナグサ(勿忘草)
春を代表する可憐な青い花であるワスレナグサは、4月5日の代表的な誕生花です。
花言葉は「私を忘れないで」「真実の愛」です。
その由来は、ドイツの悲恋伝説にあり、恋人のために花を摘もうとして川に流された騎士が最後に放った言葉が元になっています。
控えめながらも強い印象を残すこの花は、誠実な心の象徴として愛されています。
フジザクラ(富士桜)
富士山周辺に多く自生することからその名がついた、野生種のサクラです。
花言葉は「しとやか」「優れた美人」です。
一般的なサクラよりも小ぶりで、少し下を向いて咲く姿が控えめで優雅な日本人女性のイメージに重ねられています。
4月5日の誕生石と石言葉
カラーレス・ジルコン
ジルコンは屈折率が高く、ダイヤモンドに匹敵する強い輝きを持つ天然石です。
石言葉は「すべてを賭ける恋」「無垢」です。
古くから知恵や名誉を授け、平穏な眠りをもたらす守護石として大切にされてきました。
透明な輝きは、曇りのない清らかな精神状態を象徴しています。
4月5日のバースデーカラーと誕生色
シャンティ
シャンティは、柔らかさと透明感を感じさせる淡い緑青色です。
色言葉は「精神的充足」「純粋さ」です。
この色を誕生色に持つ人は、目に見える物質的な豊かさよりも、心の平穏や知識の探求を重視する傾向があるとされています。
周りの人を落ち着かせる不思議な魅力を持っている色でもあります。
4月5日は何座?星座情報
4月5日生まれの星座は「牡羊座(おひつじ座)」です。
牡羊座は、12星座のトップバッターであり、生命力に溢れた「火の属性」を持っています。
4月5日生まれの人は、その中でも特に直感力と開拓者精神が旺盛なタイプが多いとされています。
新しい環境に飛び込む勇気を持ち、周囲を引っ張っていくリーダーシップを発揮することが得意です。
一方で、素直すぎて嘘をつけないという純粋な側面も持っており、情熱的に目標へ向かって突き進む姿が多くの人の共感を呼びます。
【まとめ】4月5日何の日?振り返り
4月5日は、歴史を動かす新たな一歩が刻まれることが多い、希望に満ちた日です。
長嶋茂雄氏の劇的なデビューや、明石海峡大橋の開通といった出来事は、その後の日本を明るく豊かに変えていきました。
「ヘアカットの日」が教えてくれるように、自分自身の外見や心境をリフレッシュするのにも適したタイミングです。
また、鳥山明氏をはじめとする稀代のクリエイターが生まれた日であることも、この日が持つ創造性を物語っています。
今日という日を大切に過ごし、新しいことに挑戦する勇気を持つことで、きっと輝かしい未来への道が開けるでしょう。